「鈴音、オマエ何で来てん!?」


平子隊長に抱えられたひよ里さんが、苦し気な声で叫ぶ。
平子隊長も驚いた顔で私を見たものの、すぐ敵に視線を戻した。
六車隊長の姿をした虚が、腕力だけで鎖条鎖縛を破ってゆく。
上位の縛道を掛けるため、時間稼ぎが必要らしい。
現状の説明を求める間さえなく、戦闘だ。
真っ先に向かった矢胴丸副隊長が、地面に落とされる。
追撃を加えようとした虚を、鳳橋隊長が制す。
その隙に、動けないでいる矢胴丸副隊長の足首に這縄を結び付けて、少しでも虚から引き離した。
ここにいる隊長格は、気心が知れている人どうし。
下手に連携に加わるより、補助に回るべきだろう。

起き上がった矢胴丸副隊長のお礼のことばを受けてから、柱を落とされたもう一体、いや一人と言うべきかもしれない、久南副隊長の姿をした虚に、さらに縛道を掛けた。
さっきよく見えなかった顔には、やはり仮面がある。
こちらの力も常軌を逸しているようで、とても重そうな柱の下で、絶えず暴れ続けている。
私が脚に掛けた鎖条鎖縛も、もう糸同然に引き延ばされている始末だ。


「鈴音、出てきて大丈夫なんかいな」
「大丈夫ですよ、平子隊長」
「斬魄刀、折られたんとちゃうんか……げほっごほ」
「副隊長、今はご自分の心配を」


激しくせき込むひよ里さんに手を当てて、多少心得た程度の回道を施してみたものの、どうにもならない。
それに、遠くからではわからなかったけれど、どうしてもひとつ引っかかることがある。


「霊圧がふだんと違う……?」
「俺のが混じってるんちゃうか?」
「いえ、もっとこう、根本的に……」


何かに似ている。それを私は知っているはずだ。
まるで、そう。


「虚、のような」


口走った瞬間、寒気がした。
死神の中に、虚の霊圧が深く混ざりこむ。
そんなことがあるはずないと、眼前の敵を見れば言えなくなった。
けれど、ずっとひよ里さんを抱えている平子隊長が、異変に気づかないわけがない。
きっと、この場の空気にあてられているだけだ。


「すみ、ません、」
「いや……こんだけ訳わからんこと起きてんねやから、混乱して当然やろ」


そう言いながらも平子隊長は、どことなく私の言ったことを切り捨てきれないような、微妙な表情でひよ里さんに目をやった。


「縛道の九十九・禁!!」


交戦が終わって、黒い帯のようなもので十字に縛られた虚がおちてくる。
さすがにこれは、すぐには破れないらしい。
一歩、虚に平子隊長が歩み寄る。


「さァてと…どないしたモンやろなァ…
ハッチ、鈴音、鬼道でなんとかなれへんか? それか四番隊でなんか聞いてたりとか」
「何トカと言われましても…」
「四番隊も、原因についてはさっぱりでした」


ハッチと呼ばれた人と私が答えたのちに、またひよ里さんがせきこむ。
止まる様子のないそれに、思わず膝を折って顔をのぞき込んだ。


「副隊長っ」
「何やねんひよ里、大丈夫か?」


咳の合間に、唇が動く。
切れ切れに何か言っているように思えて、耳を寄せて聞き取ろうと試みる。


「……な、……っれ、」
「ハッチぃ、とりあえずコイツから治したってく」
「シン…ジ…鈴音…はな、」


小さな体が震えて、


「はな、」


真っ白な何かが口からこぼれて、


「……れ」


ひらめく白刃、次の瞬間に視界が消えた。
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