年の瀬、大晦日。 業務にあたる人数も平時より少なく、隊舎全体がなんとなく静かな今日は、浦原隊長の誕生日。 ご本人はというと、執務室の隊長用机で、何やら計算中の様子。 「それもこれもいらんやろ、予算のムダや!!」 「いやいやいや、要るんですって!!」 ちらりとそちらを見ると、新年度の購入予定品の購入額を考えている隊長に、横から副隊長が強烈に口出しをしているところで。 「そんなでかい機材買って、どこしまうねん!? また隊首室改造する気なんか!?」 「増設する棟に置くんスよ、ほら、夏くらいに完成するあの棟」 「ウチは認めへんからな!!」 「えええ…………」 相変わらず副隊長は、浦原隊長のやる事なす事が気に入らないらしい。 棟の増設は一応副隊長も許可したはずなのにな、と苦笑する。 要る、認めない、の堂々巡りを、終業時刻の鐘が一瞬だけ打ち切った。 再び副隊長が口を開くより早く、浦原隊長が私に声をかける。 「お疲れ様っス、鈴音サン。わざわざこんな年末まで……」 「いえ、隊長こそお疲れ様です」 誕生日なのに遅くまで、と言いかけて、なんだか変な気がしてやめた。 隊長という立場で、誕生日だからと休める訳はないのだし。 資料整理をキリのいい所で終え、一礼して執務室を後にする。 去り際に、よいお年を、と微笑んだ頬が、次の瞬間副隊長に無残に引っ張られてしまったのは見なかったことにしよう。 肩に下げた荷物の中で、ふわふわした塊が主張する。 隊長に渡そうと思っていた、襟巻だ。 実験棟は薬品管理の関係で寒いことも多くて、その中だと、死覇装の開いた首元がいつも寒そうに見えたから。 瀞霊廷のお店で、隊長に合いそうな色、作業の邪魔にならなさそうな長さを見繕って買った。 いざ荷物に入れたはいいものの、いつ渡そう、そもそも渡していいのだろうか、嫌じゃないだろうか、特別な関係でもない私から贈り物なんて……などと色々今更考えているうちに、終業時刻が来て今に至る。 なにをやっているんだろう、と溢した息が白く揺れた。 帰り道には、忘年会に向かっているだろう隊士がちらほら見える。 十二番隊は、技術開発局創設の年ということもあってか諸々の業務が立て込んでいて、そういった催しは無しということになった。 ちょっとは、隊長と業務外で話せるかななんて期待していたのだけど。 不意に吹いた風が冷たくて、首をすくめる。 渡さないなら、放置するのも勿体ないし、この襟巻を使ってしまおうか。 贈り物用の装丁に指を掛けたその時、背後から名前を呼ばれた。手を止めて振り返ると、提灯に照らされた黄緑の髪が見えて。 「あ、やっぱ鈴音ちゃんだ!!」 「久南副隊長」 「白でいいってばぁー。 ねね、そっちは忘年会とかないんだっけ? ヒマだったら、うちの忘年会来ない?」 「ひ、暇ではありますけど、ご迷惑じゃないですか?」 「だいじょぶだいじょぶ!! どうせその内勝手に、よその隊とか合流しちゃうもん」 ちらりと後ろの六車隊長をうかがうと「来たいなら来い、無礼講だしな。別に、こいつの我侭には無理して付き合わなくてもいいぞ」と、受け入れてくれるらしき答が返ってくる。 それに甘えて、九番隊に紛れて暖簾をくぐった。 勝手によその隊が合流する、との言葉どおり、いつの間にか当初よりも会の人数が増えている。 そして私の隣には、平子隊長が。 どうやら五番隊も、この店に居合わせたらしい。 「珍しいなァ、鈴音がこないな機会に顔出すんは」 「……言われてみれば」 「てっきり、ひよ里とかがどっか付き合わしとるかと思っててんけど」 「副隊長は、予算のことで隊長と言い争い中でしたよ……多少副隊長は手も出てましたが……」 「うわ……」 引きつった表情を浮かべた後、平子隊長が「そや、なんか飲むか?」と私に尋ねる。 会が始まってからもお酒は口にしていなかったけど、明日は休暇だし、せっかくだから呑むことに決めた。 すぐに用意されたお酒を、まずは一口。 それから、平子隊長と色々なことを話した。 隊を異動してからのこと、最近の出来事、お正月の予定。 「また近いうち、鈴音んとこの甘味処寄らしてもらうわ」 「ありがとうございます、きっと両親も喜びます」 「そりゃありがたいなァ……んで、鈴音」 「はぁい?」 少しだけふわっとした頭に、平子隊長の声が響く。 「それ、どないしてん? 自分のモンって訳ちゃうやろ、そんだけ包んで」 それ、と指さされたのは、膝の上に置いていた包み。 しまい損ねて、なんとなく小さな膝掛けみたいに、持ったままになっていたそれ。 「……たいちょーに、わたしたかったんです……」 「……喜助か」 「誕生日、ですから、今日。少し前に、聞いて、何かしたくて」 「そういやそやったな……」 「寒そうだから、襟巻……がんばって、選んで」 ぽろぽろこぼれる言葉が、まとまらない。 どうして私は、以前の上官に、今の上官への想いを話してしまっているのか。 黙らないとなぁと思っても、口が閉じてくれない。 久々すぎて、お酒の加減を間違えたかもしれない。 「私は、ただの部下だから、贈り物とか、きっと迷惑で」 「それ決めるんは、鈴音やなくて喜助やろ」 「……いや、なんです」 何が、と促されて、誰にも言わなかった気持ちを吐き出す。 「少しでも、隊長にきらわれるのが、いやなんです。 だったら、進めなくていい、ずっとずっと、部下でいい。 隊長は、きっと、嫌ってても口には出さないけど、それでも、どうしても」 包みの上に、水滴が落ちる。 ああ、こうなってはもう渡せない。 予定通り自分で使ってしまおう。 変色していく紙を見つめながら、ぼんやりそう思う。 ……ぼんやり、ぼんやりと、全部が歪んでいく。 「……呑みすぎやな、コレ」 小さな声がして、それを最後に記憶が途切れた。 「……真子、何背負ってんだそれ」 「鈴音ちゃんじゃん!! シンジまさか潰したの!?」 「んなワケあるかい、勝手に潰れて…… リサァ、 "やるやん"みたいな目ぇやめろや……!!」 「いや別に、そんなこと思ってへんよ」 「ねーねー、鈴音ちゃんて、そんなにお酒弱かったっけー?」 ああもう、うるさいうるさい。 こんな中でも鈴音は呑気に寝とるようで。 ここまでの酔いっぷりは、さすがに初めて見た。 まあ向かいに居ったのが自分で良かったと、そう思うことにして。 代わりに持ってあげとる包みのことは、忘れることにして。 点々と、色がいくらか濃くなった包み紙。 乾いてしまえば元通りになるやろうけど、真面目な鈴音が、それを喜助に渡す訳もない。 そのことに少しホッとして、そう思ったことを自嘲して。 除夜の鐘ごときで消しきれるはずもない、アホみたいな想い。 送り狼にもなりきれへん、ただの臆病者。 けどまあ、どうせ鈴音が俺のほうを向くことはないんやから。 弱音を聞いて、寝顔見してもろて。 それに優越感を抱くくらいは許される、やろ。 |