「暇やー!! 暇やー!! なんかおもろいことやって見せろハゲ!!」 非常に理不尽な理由で平子に掴みかかっているのは、金髪を短いツインテールにしたジャージ姿の少女、猿柿ひよ里である。 「わけわからんわ!! いきなりなんやねん!!」 もっともな意見を返しつつ、平子が負けじと掴みかかる。 それを何人もが傍観する、というのが仮面の軍勢の日常となっていた。 「ひよ里さん、落ち着きましょうよ……」 「えー、落ち着いたひよりんなんて、ひよりんじゃないよー鈴音ちゃん」 「ゴラァ白ォ!! どんな目でウチのこと見とんねん!!」 矛先が白へと向かうが、本人は気にせずに笑っている。 「鈴音も、ウチに落ち着けてなんや!! このハゲがおもろいことせんのが悪いねやろ!!」 「そ、そうなんですか?」 「騙されなや鈴音!! 俺は只の被害者やっ!!」 なおも続く二人の言い争い。 しかしそれは、フライパンをおたまで叩く音によって終焉を迎えた。 「メシだ集まれ野郎どもぉ!! 今日は冷やし中華だぞ!!」 いかつい外見に似合わない白いエプロンを付けた男が叫ぶ。 「やっりぃー、拳西私のリクエスト応えてくれたんだあー!!」 早足の白に手を引かれ、鈴音も駆ける。 「あ、あの、黒崎さんは……」 修行で倒れているオレンジ色の髪の少年を見やる鈴音。 「ベリたんは勝手に起きるよぉー。 早く行かなきゃ皿洗い当番になっちゃう!!」 鈴音は少し後ろを気にしつつ、白の言うとおりに急いだ。 ―――――――――――――――― 「なあ、気になってたんだが、お前は戦わねぇのか?」 仮面の軍勢の下で修行中の黒崎一護にそんなことを聞かれたのは、つかの間の休憩時間のことだった。 「いえ、戦いますが……ああ、そういえば黒崎さんと戦ったことはないですね」 一護の傷に治療を施しながら、鈴音は答えた。 「なんやぁ、鈴音と戦いたいんか一護」 ひよ里が尋ねると、一護はうなずく。 「最近はオマエとばっかだし、たまには違う相手と戦ったほうがいいんじゃねーかと思ったんだよ」 「……鈴音、どないや?」 救急箱を膝に乗せた鈴音は、少し逡巡する。 そして。 「構いませんよ。しばらく刀を抜いてませんし……」 救急箱を置き、近くの岩場に置いていた斬魄刀を握った。 「おぉ、ひっさびさやなぁ、鈴音が戦うん見んのは」 平子も会話に加わり、一護にニヤリと笑う。 「言うとくけど、強いで鈴音は。油断しなや」 「いえ、それほどでも……ハッチさん、結界をお願いします」 わかりマシタ、と言ったハッチの声を受け、鈴音は微笑んだ。 「それでは、始めましょうか」 お手柔らかに、と付けたされた次の瞬間、鈴音の顔に仮面が現れる。 頭蓋骨をそのまま仮面にしたようなそれは、鈴音の柔らかな態度からは想像できない気迫を漂わせていた。 虚化すんのかい、と驚いたような呟きが平子から出る。 ひよ里も同じように、驚愕の顔だ。 「じゃあ行きますね」 宣言するや否や一護に斬りかかる鈴音。 いつ刀を抜いたのかすら見えなかった。 まったく防御の姿勢も、躱す用意もできていない。 どうにかすんでのところで斬月を出し、刃を受けとめられた。 「不意討ちかよっ…!!」 鍔迫り合いの状態となり、歯を食いしばりながら呻く一護。 対して鈴音は疲弊した様子もなく、悠々と話す。 「敵が待ってくれるとでも?何を言ってるんです?それに私は一度"行きます"と宣言しましたよ」 仮面の向こう側から投げられる正論。 ひよ里との修行は虚化保持時間の延長が主な目的だったためか、今のように急に向かってこられることはなかった。 「ねえ、早く虚化しないんですか? 考えてる暇なんかあるんですか?」 段々と刀にかかる力が強くなっていく。 しかも驚いたことに、鈴音はそれまで両手で握っていた刀を、右手だけで支えている。 そして自由になった左手で、一護の腕を掴んだ。 「なっ……」 「全然本気出さないんですね…まともに力が入ってない。虚化だってしませんし?」 私をなめてますか? あくまでにこやかに問う鈴音だが、霊圧は重さを増してゆく。 「なめてるんじゃねぇよ……様子見だ!!」 鈴音の左手を振りほどき、斬月を振るう。 砂埃をあげながら、わずかに鈴音が後退するが、スキと呼べるような間はない。 一瞬と置かず、また霊圧が上がった。 「それが……なめてるって言ってるんですよ!!」 数段速く、鈴音が一護に向かう。 これは、さすがに。 一護が虚化しようと顔に手を当てた時。 「……やめです」 「はっ……?」 一護の手前で音もなく止まり、斬魄刀を鞘に収める鈴音。 虚化も解き、完全に戦う気をなくしたようだ。 「待てよっ!! まだ何もしてないだろ!!」 鈴音に訴える一護。 答えたのは、鈴音でなく平子だった。 「お前は確かになんもしとらんなぁ。けど……ホンマになぁんも"されてへん"のかぁ、一護?」 「な、」 言葉を発するより先に、膝が崩れた。 「鈴音に触られたやろ? そんときに縛道打たれたんや」 まさか、あの一瞬で。 詠唱などなかったのに。 「斬魄刀だけに、意識を使ってましたね?駄目ですそれじゃあ」 しゃがみこんで目線を合わせる気遣いとは裏腹に、その言葉は冷たい。 「藍染は、死神なんですから、鬼道も使います。 詠唱破棄だってしますから、今ぐらい……或いはそれ以上に早く発動しますよ?」 油断しなや、と言った平子の真意はこういうことか。 そんなんじゃ、何も守れない。 鈴音の呟きを聞きながら、一護は気を失った。 ―――――――――――――――― 「気絶までさせてもうて……しばらく修行できへんやん」 「すみません、ひよ里さん」 謝罪する鈴音に、ひよ里はアホ、と言った。 「別に怒っとるんとちゃうわ。 一護は完璧に鬼道の存在忘れとったみたいやしな。めっちゃ短かったけど、有意義ではあったやろ」 言い終わって、周りが奇妙に静まる。 そのことに気付いたひよ里の眉が、ピクリと動いた。 「なんやねんいきなり」 「え、いやぁ……ひよ里が人褒めるなんて珍しいやん」 「なんやこらハゲ!! ウチかてそんくらいの心はあるわ!!」 顔を赤くしながら平子に噛みつくひよ里。 「前からおもとったけど、ひよ里ちょくちょく鈴音に甘いよなぁ、普段比で」 「なんやねん!! 悪いかぁ!?」 「……否定せんのかい」 ぎゃいぎゃいとまた喧嘩を始めた二人。 この日々を守りたい。 そのために、仮面の軍勢となった後も必死に、唯一得意だった鬼道を訓練した。 ハッチには劣るが、大方の初中級鬼道の詠唱破棄、上級鬼道は詠唱つきで使えるようにしてある。 自分の打ち込んだ縛道で眠っている一護を見つめ、鈴音は呟いた。 「……私と同じになっちゃいけませんよ」 力が足りずに、なにかを失う恐ろしさ。 それは二度と誰にも味わわせない。 なんか言うたかぁ、とひよ里に聞かれ、いえなにも、と笑う。 二人はまた、喧嘩を再開したようだ。 |