結界が、一撃ごとに揺れる。
普通ならば身動きも取れないほどの縛道を受けてなお、鈴音サンは立ち上がって暴れ続けている。
四肢が切れる端から超速再生が起こり、ハッチサンと白サンの与えた傷が消える。
そのたびに、虚へと近づいていく外見。
猶予は、あと10分。
それを告げると同時、戦闘が始まってから黙ったきりだった平子サンが、一歩結界へと歩み寄った。

「入るわ。ハッチの番は前倒しになってもうたし、えらい消耗しとるから、もう白と一緒に出したってくれ」
「わかりました。代わりの4番目は誰に?」
「要らん。言うたやろ、オレが殿しんがりやて」

言いながら、早々と斬魄刀の鞘が払われる。
最大10分間もあの猛攻にひとりで向かい続けるなんて、正気の沙汰ではない。
それ以前に、それ以上に。
この局面での殿しんがりとはつまり、仮に内在闘争が失敗した際に、鈴音サンを殺さなければならなくなる可能性が最も高い立場で。
平子サンはその役割を、他の誰にも代わらせる気がないのだ。

「まぁなんとかするわ。いつでもエエで」

普段ならば「なんとかなる」と言いそうなところをそう言わないのだから、どれだけの無茶を通そうとしているのかは自覚があるらしい。
合図を送るより先に交代時間に気づいた白サンとハッチサンが、時間稼ぎの拘束を鈴音サンに掛けながら走ってくる。
少し離れた場所で地面に縫い付けられ藻掻く鈴音サンの顔は、全体が白い不定形の霊子に覆われ、平時の面影はもはやどこにも無い。予想通りではあるものの、虚化の進度が、これまでの誰よりも早い。

「平子サン、構えててくださいね」

言うが早いか、鈴音サンが縛道を破壊したらしい音が響く。
虚の霊圧と縛道に込められた霊力との衝突が衝撃波を生んでいるのか、結界の維持にすら影響が出ているようで。
ヒビの入った障壁を眺めながら「ハッチの大技をまぁ……」と呟く声には、珍しく驚愕が滲み出ている。

「喜助、残り時間は」
「8分30秒っス。片を付けるのは、なるべく早い方がいいっスけど」
「……それがどの形であれ、やな」

返答とも独り言ともつかない様子で言って、平子サンが斬魄刀の解号を唱える。
視線は、持ち直した結界の先で起き上がった鈴音サンから外れることはない。

「なんとかしたるから、まあ待っときや」

その言葉は、ボク達に向けたものか、あるいは。
どちらにしたって、ボクは実際、待つことしかできない。内在闘争に参戦することも考えはしたが、虚化の知識を唯一有するボクに不測の事態が起きた場合、ここに居る全員の命運が大きく変わるという事実は、他の事柄と秤にかけるまでもなく。
その状況なりに、戦いの場を整えることも、手助けも、やれるだけのことはやってきた。
最後の一手は、委ねるしかなくとも。

「……頼みましたよ」

柄にも無く祈った声は、入口を閉じた結界の向こうまで、聞こえただろうか。
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