「ひよ里さん、黒崎さんはどこに行かれたんですか?」


いつもなら姿を見せる時間であるが、オレンジ色の髪は見当たらない。
ひよ里が、せやな、と返事をした時、何やら袋を提げた白が現れた。
白は水道で顔を洗っている平子にそれを差し出す。


「そういえば今朝から」


鈴音が切り出す前に、大声で名を呼ばれた。


「鈴音ー、ちょっとこっち来ぃー」


短い返事の後に、パタパタと平子の下へ駆ける。


「これ、鈴音が見たほうがええやろ?」

差し出されたビニール袋には、洗濯済の包帯と、一言だけ感謝の言葉が書かれた紙。
状況も、残る霊圧も、間違いない。


「……黒崎さん、一体」

どこに、と問いそうになったが答えは明白だ。
破面が次々と空座町に現れている現状。

「虚圏ですか……」
「せやろなぁ……あんのアホ……」


虚圏には十刃や藍染たちがいる。
さすがに一人というわけではあるまい。


「なんやぁ、それ一護からか」
「ひよ里さん」


いつの間にか鈴音の背後にいたひよ里。
袋を覗きこみながら、平子と同じようにアホ、と悪態を吐く。


「鈴音、そういやなんか言いかけとったやん、なんなん?」
「井上さんの霊圧が、感じられなくなってるんです。今朝から」
「なるほどなァ……」


ひとつに、答えが収束する。


「井上さん、虚圏に……?」
「それしかないわな……」


平子が呻くように言った。
ひよ里がまた、アホが 、と呟く。
考えうる最悪の事態とも言える事態の発生。
藍染が織姫の能力に目をつけたのか、単に人質して一護をおびきだすつもりなのか。


「一護の今の力やったら、カンタンには死ねへんとは思うけどなァ……」
「ハゲ、あいつはまっだまだ甘いっちゅーねん」
「いずれにしても、や」


決戦はすぐそこやで。

顔をふいていたタオルを肩にかけ、平子が不敵に笑う。


「準備すんでぇ、お前ら」


その宣言に、ひよ里、白、リサ、拳西、ローズ、ラブ、ハッチ、そして鈴音も、それぞれに答えた。

――――――――――――――――――――――――

修行場の岩場に軽く背を預け、斬魄刀を丹念に磨く。
鈴音はどちらかというと鬼道のほうが得意ではあるが、斬術も不得手というわけではない。

それでも仲間内で最弱であることには変わりなく、恐らく戦闘中はサポートが主な仕事になるだろう。


「鈴音、ちょっとの間、話ええか?」


もたれていた岩の上から、平子の声が降ってきた。


「刀磨きながらでかまへんから、質問答えてや」
「はい…」


言葉に甘えて、打ち粉をしながら耳を傾ける。


「一護を虚圏に送ったん、誰かわかるやろ?」


質問ではなく確認に等しかった。答えは、肯定だ。
平子が、軽く息を吐く。


「やっぱりなァ……まあ黒腔やら穿界門やらあっさり開けられて、俺らが知っとるヤツ言うたら」


そんなヤツ、一人しかおらんやろ?


「喜助もムチャしよんなァ、鈴音」
「そうですね……」


たん、と音がして、平子の靴が視界の端に見えた。


「鈴音、霊圧揺れとんで」


何気ない口調の指摘。
これだから自分は弱いというのだ。
たった一言、たったひとつの名が出るだけでこんなにも動揺する。


「いっぺん刀、置き」


言われたとおりに、広げた新聞紙の上に刀を乗せる。


「……嫌やったら突飛ばしてもええから」


その前置きの意図を理解する前に、目の前が橙色に染まった。


「平子、さん」


呼び掛けに返す声はなく、鈴音を抱き締めたまま平子は沈黙している。
少しの逡巡があって、ようやく口が開かれる。


「戦うん、嫌か? 置いていかれんの、嫌か? どっちもか?」


耳の近くで響く問。
その答えは、もちろん。


「置いていかれるほうが嫌ですよ。
言ったでしょう? 何もできないなんて、嫌なんです」


そうか、と安堵のような息が耳朶をくすぐる。


「ごめんなァ、いきなりこんなことして」


一度だけ強く鈴音を引き寄せ、離れる。

そして平子は、ニヤリと笑った。


「ホンマ、強なったなァ」


どうして、そんなふうに言うのだろう。
私は弱い。私は脆い。
こうして励まされるのも、もう何度目だろうか。
支えがなければ簡単に崩れてしまうような、そんな精神しか持ち合わせていない。

その弱さも含めて自分を受け入れてくれた仲間。
たとえその中に、一番求めた人がいなくとも。
今度は守る。自分の居場所を。大切なものを。


――――――――――――――――――――――――

「オイコラハゲェ!! 鈴音になァにさらしとんじゃボケがぁぁぁ!!」
「いだだだだ!! ちょ、これから戦うっちゅーのに肩外そうとすんなやァ!!」
「黙りぃ!! なめとったらしばくぞハゲェ!!」
「しばいとるやん今ァ!!」


鈴音との一部始終を見ていたひよ里たちの反応といったら、酷い。

ひよ里は平子の肩を外しにかかり、ラブはニヤニヤ、
ローズは何やらラブソングのような曲をヴァイオリンで演奏しだし、
白はシンジってばダイターンとからかい、
リサに至っては今のシーンの写真一万でどうや、と商売の構え。
まともなのはこういったことに興味の薄い拳西、達観しているのか菩薩のような笑みで見守るハッチぐらいだ。


「なんやねんな……拒絶はされとらんやろ、無理やりとちゃうねんし」


若干うしろめたくはあったけど、と心のなかで付け足す。

あんな、弱っとるところにつけこむよォな真似。


「知らんで、嫌われても」
「アホ、元から"そういう"意味では好かれてもおらんわ」


百年間も同じ相手を想う。
自分も鈴音も、たった一人しか眼中にないというところでは同じ。
それ故に、理解できる。


「入る隙なんかないわ、最初っからな」
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