朝起きたら店先に、黒とオレンジ色のモビールが吊るされていた。
形は、魔女の帽子とかカボチャとか猫とか……まぁ一言で言えばハロウィンの装飾らしい。


「駄菓子屋でハロウィンって、ありなの喜助さん」
「乗っかれるものには乗っときましょうって。
はーいこれ、由里果サン用の仮装っス」


いい笑顔で差し出されたのは、ネコミミカチューシャ。
……………と、鈴つき首輪。


「いかがわしい!! 子供が店に来にくい!!」
「ちなみにアタシは魔導士っスよ」


無視か、無視なのか。
喜助さんが被ったのは、魔法使いの帽子。
いつもの帽子と同じ柄なせいか、外見がカラーコーンみたいで、正直目にうるさい。


「喜助さん普段の服でいいんじゃないの?」
「えー、雰囲気って大事っスよ? じゃあそういう訳なんで」


にこにこ勧められて仕方なく、ネコミミだけ装着。
すると、やはりと言うべきか、喜助さんの眉が下がった。


「耳だけっスかぁ?」


ちりんちりんと音を鳴らしながら、喜助さんの手の中で首輪が揺れる。


「猫サンは魔導士サマの使い魔なんスから、言うこと聞かないと」
「その設定初耳なんだけど!?」
「細かいことは気にしない気にしない」
「細かくないよ!?」


首輪はダメだ、子供が来にくいとか以前に、人としてなんかダメだ!!
この変態魔導士店長どうしてくれようか、と必死に逃げ方を考えていたら、腕を引かれた。


「……ダメっスか?」


流されない、流されないぞ。
たとえ帽子の下から、上目遣いで見つめてこようとも。


「ねぇ、由里果サン」


甘い声で、名前を呼ばれようとも。


「絶対嫌だからね、首輪なんか」
「じゃあ、仕方ないっスね」


あれ、珍しく引き際が良いぞ?
と思った次の瞬間。

かちり。


「仕方ないんで、実力行使っス!!」


気づけば、首もとに鈴が。


「ちょっと喜助さん!?」
「あー可愛いっス、動く度に鈴が鳴るのがまた」
「っ変態!! 外してよ!!」
「あら、ご主人サマにそんなこと言って良いんで?」


まだその設定引きずってたのか!!
私が使い魔なら、こんなご主人お断りだよ!!


「イケナイ子っスねぇ、まったく」


わざとらしく作られた低い声が、鼓膜を震わせる。
一瞬固まった隙に、喜助さんの指が首輪と首の間に入り込んだ。
そのまま喜助さんのほうに引き寄せられて、またちりん、と鈴が揺れる。


「きすけ、さん?」
「今から言うことに、逆らっちゃダメっスよ?」


にやり、喜助さんの唇に、普段のニヤニヤとはまた違う笑みが浮かんだ。
なんとなく、嫌な予感がする。


「いや、その、私」
「にゃあ」
「……はい?」
「猫なんスから、にゃあって鳴かなきゃ、ね?」


あ、ダメだこの人。純度百パーセントの変態だ。


「ほら、猫サン」
「………きす、」
「にゃあ、だって言いましたよ?」


吐息混じりに囁かれて、肩が跳ねる。
首輪を引っかけている指が、本物の猫にするように、顎の下を撫でる。


「ほら、早く」
「…………っ、に」
「ニャア!!」
「「へ?」」


今のって、と聞こうとした言葉は、喜助さんの盛大な悲鳴に掻き消された。


「……何するんスか夜一サン!!」


どうも、数少ない露出部分である足首を引っかかれたみたいだ。
いつの間にか首輪を離してうずくまって、両手で1ヶ所をさすり続けている。


「そっちこそ、朝っぱらからなぁにをやっとるんじゃ」
「よ、夜一さん、ごめんなさい」
「おぬしは悪くないぞ、すべてこの変態が悪い。
女子の敵は儂の敵……」


人型に戻った(ちゃんと広げられていた羽織を着て)夜一さんが、さっきの喜助さんに負けず劣らず……訂正、圧勝レベルの悪い笑みを浮かべた。


「さぁて、本当に猫の主人たりえるか、おぬしをちと試してやろう」


なあ喜助? と死刑宣告をして、夜一さんが喜助さんの襟首を掴む。
そのまま引きずられていく喜助さんを助けなかった私だけど、今回は悪くないと思います。
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