初めて雨竜の家にお泊りすることになり、先にお風呂をもらい、湯船につかりながら改めて”お泊り”という事実にドキドキして……そこからの記憶が、すっぽり抜け落ちている。
気づくと、天井を見上げていた。


「よかった、目が覚めたみたいだね」


安堵の息をつく雨竜が、視界に入る。


「君、のぼせてたんだよ。たぶん覚えてないだろうけど……」


額や首には熱さまし用のシートか何かのひんやりした感触、雨竜の手にはうちわ、それから、季節外れの扇風機が回る音が聞こえてきた。
なるほど、どうりで喉がかわいているはずだ。
雨竜がもう片方の手に水を持っているのが見えて、上体を起こす……と。

胸元から、一枚タオル地の布が落ちた。
そうか、のぼせたところを介抱されていたということは、当然服は、


「っわ、わ、わーーーーーーーー!!!!」
「よ、夜だし静かに、じゃない、早くタオル上げて!!」
「ーーーーーーーーっ!!」


二人して混乱しすぎたせいか、雨竜の叱責は微妙にズレているし、私は私でタオルを掴むという至極簡単な動作に妙に手間取る。
ひとまずなんとか前を隠してから声をかけると、首がねじ切れそうな勢いで向こうを向いていた雨竜が、もう一枚そこらにあったタオルを差し出してきた。


「それ、背中から羽織って、」


忘れていた、後ろはまだ全開だった。
ずっと押さえているのも疲れるだろうから、二枚のタオルを結びつけてしまう。
今度こそ声をかけなおして、コップに入った水を受け取った。


「ありがと、雨竜」
「いや、のぼせてただけ……だけって言うのも変だけど、とにかく大事にならなくてよかったよ」


さっきの出来事のせいか、妙に気まずい沈黙が流れる。
水を飲んでごまかそうにも、一気飲みしたせいでとっくに空だ。


「……あの、重くなかった? 私」


まだ少しぼやけた頭で考えた末に、話題がこれしか思いつかなかった。
何これ、明らかに返答に困る質問じゃないか。
けれど実際、少しは気になる。


「ごめん、覚えてないや……とにかく焦ってたから」
「そ、そうなんだ、」
「それから、」


雨竜の目が、泳ぎに泳ぐ。
それから、意を決したように再び口を開いた。


「あの、なるだけ、見ないように、したから、その、色々と……」
「い、いろいろ……っ」


意味するところは、ぼんやりした頭でもさすがにわかる。
要するに、このタオルの下。


「湯船から引き上げるときとかは不可抗力だったけど、あ、殴るなりしたかったら君の気のすむように、」
「いやいや恩人のこと殴らないよ!?
雨竜なら何もしてないって信じてるし!!」
「前後不覚どころか、意識もない人間に手出しするほど見境ない訳ないだろ」
「……じゃあ、」


優しく額を小突く手を、取ってみる。


「じゃ、じゃあ、前後不覚じゃなくて意識もあったら、手出し、する?」


ああそうだった、そもそものぼせるほど長く湯船に浸かっていたのも、お泊まりってことはそういう展開になるのかな、とか考えていたせいだった。


「雨竜、」
「こ、の状況でそれを聞くのか、君は……」


雨竜の顔が、真っ赤。
そのせいで眼鏡がすっかり曇っていて、目が見えない。


「答える必要、ないだろう、それは、」


言葉は突き放すように聞こえるけれど、表情が答えだ。


「とにかく、そういうことだから、」


耐えきれなくなったらしく、赤い顔がまた背けられた。
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