「現場の状況は把握しました」 わからない。 「それならば、」 どうして俺はここにいる。 「隊員が応戦しようとしたはずです」 聞こえない。 「しかし現場には、当該隊員の戦闘痕跡が一切ない」 何を話しているのか、ほとんど理解できない。 保護した一般人の聴取に同席させられて、しどろもどろの主張を聞かされて。 そんなことより俺は。 違う、本来これが、ボーダーとして果たすべき義務で。 「君が駆けつけるまで、戦闘は行われていなかったんだね?」 「……はい。海尽、いえ、坂頼隊員のトリガーは、離れたところに転がっていました」 本部長の問に答える自分の声が、相変わらず遠く感じる。 続くやり取りも、遠くて遠くて。 「子どもに武器を握らせるなんて、」 赤いペンキで書かれた同じような文言が、頭の片隅に浮かぶ。 そうか、こいつらは、ボーダー批判派の奴等か。 「そもそも武器を取る必要はないはずだ、あの化物を閉じ込めるとか、追い返すとか」 何をそんな絵空事。 それができないから、戦っているのに。 思わず開きかけた口を閉じようとして、脳裏に引っ掛かりが生まれた。 不自然に遠く転がっていたトリガー、警戒区域の中程で、換装もしていなかった事実。 「あんた達、海尽からトリガーを奪ったのか」 目の前の連中が、明らかに不自然に黙り込む。 決まりだ。 「武器を取る必要はない? よくそんなことが言えるな? あの被害を目にしたことがないのか?」 制止がないのをいいことに、言葉が口をつくに任せる。 「俺たちは、武器を握らされた覚えはない。 自分で武器を握ることを選んだんだ、哀れんでもらわなくていい。 ……何もわかっていない癖に、近界民がどんな奴等かも、俺たちのことも、何もかも!!」 わかっていない癖に、外側から勝手なことを言って、勝手に哀れんで、挙句勝手に詰って。 「そんな勝手な思いのせいで、あいつが今までどれだけッ!!」 「ありがとう、悪いが座ってくれ」 「っ、本部長、」 言われてはじめて、自分が椅子を蹴倒して立っていたことに気づく。 座ってくれ、と低く繰り返す横顔に、ほんの少しだが頭が冷えた。 見たことのない表情に込められているのは、きっと俺と同じ感情だ。 「三輪くん、もう席を外してくれて大丈夫だ。 彼らの処置は、我々で決める」 その"我々"に含まれないことが、悔しくて仕方がない。 処置なんてどうせ、即時の記憶処理に決まっている。 海尽はあいつらのことも、あいつらに傷つけられたことも、何もかも覚えたままなのに。 どうして海尽が傷つけられて、覚えたままで、どうしてあいつらが、傷つけて、忘れて、のうのうと。 「……失礼、します」 溢れそうなものを必死に抑えつけて、会議室を後にする。 海尽が運ばれた病院は、どこだったか。 東さんが付き添いで向かったらしいこと以外が思い出せない。 その東さんに聞けばいいかと端末を出したが、病院内なら連絡は取れないだろうと気づく。 すぐに考えればわかるものを、何をしているんだ俺は。 自嘲しながら握りしめた端末が、震えた。 『今から戻る 悪いが隊室で待機しておいてくれ』 端的な指示のみのメッセージ通知が、画面に映る。 右上に表示された時計を見ると、任務を始めた時間からもう6時間も経っていた。 家に連絡すべきかと思ったが、文字を打つのも電話を掛けるのも面倒に感じる。 やたらと重い脚を引きずって、ひとまず隊室へ向かうことにした。 |