突然、海尽から開発室に呼ばれた。
メンテナンス以外での訪問をめったにしないせいか、他のエンジニアたちに少々不思議そうな目を向けられる。
案内された部屋には、陽介と奈良坂、それから何故か出水の姿が。
肝心の海尽はといえば、室内に見当たらない。


「三輪も呼ばれてたのか、てかおれ以外三輪隊じゃん」
「海尽はどうした?」
「なんか最終調整だってさ。思ったより時間かかってるっぽいな」


言いながら陽介が、手元の端末から海尽に連絡を取る。
程なくして、背後のドアが勢いよく開いた。
駆けこんできた海尽は、どこかの部屋の鍵を握ったまま息を切らせている。


「ご、ごめん、お待たせしました……」
「そこまで待たされてないから大丈夫だ。三輪もついさっき来たところだしな」
「奈良坂さすがのイケメン対応〜」
「うるさいぞ陽介」
「……で、用件はなんだ」


海尽が鍵をしまうのを待って、俺から切り出した。
すると、鍵を入れたのと反対のポケットから、トリガーが3つ現れる。
少し簡素な作りのそれは、実験用のトリガーだ。


「皆に、ちょっと実験に付き合ってもらいたくて」
「おれら4人なのに3つ?」
「あ、オレは的役で呼ばれたんだわ」


ひらひらと挙手する陽介に、海尽が頷く。
実験用トリガーに、的役、狙撃手、射手、それから銃型トリガーを使う俺とくれば、大体の目的は推測できた。


「弾丸トリガーの実験か?」


浮かんだのと同じ考えを、奈良坂が問う。
もう一度大きく頷いて、肯定が返された。


「そういうこと!早速だけど、はいこれ」


渡されたトリガーには、実験用の弾丸以外、普段それぞれが使っているものとほとんど同じ武器をセットしてあるらしい。
完全に実戦を想定した仕様だが、一体どんな実験をする気なのか。
的役の陽介も詳しくは知らないようで、首を傾げている。
しかし説明は省かれて、いきなり初手の陽介と奈良坂が実験室に放り込まれた。
模擬戦ブースと同じ仕組みになっているらしい室内に、オペレーターのような装備を付けた海尽が音声を送る。


「声聞こえてるー?」
『おー、大丈夫大丈夫』
「よかった。それじゃ始めていい?」
『だってさ』
『いつでもいいぞ』
「まず、奈良坂くん、サブに入れてある弾丸と、メインの狙撃用トリガーのどれかを組み合わせてみて」


言われたとおりにしたらしい奈良坂の手の中で、イーグレットの色が変化する。
元々黒い銃身が、パーツの境もわからない程、全体が重い色になったように見えた。
作業完了の返事を聞いて、海尽が続ける。


「次は、そのままで撃ってみて。
あ、陽介くん、最初の一発は避けないでね!」
『マジか』
『撃つ場所は?』
「ベイルアウトにならないとこなら、どこでも」
『了解』


一瞬間が空いて、銃口から吐き出された弾丸。
脇腹あたりに当たったそれは、普通ならばトリオン体に穴を開ける。
だが、そうはならなかった。


『うおっ!?』


被弾した場所に、いつの間にか黒い角柱らしき物体が埋まっている。
しかも、角柱に引っ張られるように陽介が倒れこんで、そのまま起き上がれずに転がった。


『重っ!! なんだこれさっきの弾か!?』
「そうそう、動ける?」
『全然動けねぇんだけど……すげーよこれ』


寝たままの陽介が、手足をばたつかせながらため息をつく。
言うとおり、効果自体は凄まじい。
それは見ていただけでもよくわかる、が。


「……あの弾速は仕様か?」


思わず漏れた言葉に、海尽がうなだれた。


「残念ながら……」


目視どころか回避も余裕のレベルだったが、今見たものは不具合でなかったらしい。
射程もそんなにないんだよね、と嘆きながら、操作パネルに海尽の頭が沈んでいく。
勢いでヘッドセットが外れて床に落ちたが、気にも留めていない。


「重くする効果に、トリオンをごっそり使ってるから……
奈良坂君、一応アイビスとライトニングも試してくれない?」


試してはみたものの、他の2つも結果は大差なく。
海尽は、引き揚げてきた奈良坂に詫び始める始末だった。


「なんかごめんね……」
「いや、実験段階だし仕方ないだろう」
「そーそー、まだ他のポジションでなら使えるかもだしな。次おれ行っていい?」
「お願いします……あ、」
「これか、落としてたぞ」


頭を触って、そこにあるはずのヘッドセットを探す海尽に、目当てのものを軽く払ってから手渡す。
ひとまずは気を取りなおしたらしい様子で、礼を述べた後、出水と陽介に指示を告げ始めた。
アステロイド、メテオラ、ハウンド、バイパー、それらと次々に組み合わされた黒い弾が飛ぶ。
狙撃用トリガーの時よりはマシだが、それでも扱い辛そうな射程と弾速しか出ていない。
弾数がある分良く見えるが、それは出水のトリオン量に頼っている部分も大きい。


「出水くんのトリオン量でもこれが限界かぁ……」
「バイパーなら、軌道次第で使えるんじゃないか?」
「それだと軌道を複雑にする分飛距離を食うから、射手本人が相手と近づかなきゃいけなくなるんだよね……
出水くん、トリオン兵のモデルとの戦闘、いける?」


了承を得てすぐ、モールモッドが現れる。
予想通り、動きの速さに弾が追い付かない。
他のトリオン兵も試したが、直接倒した方が早いのは明らかだった。
唸り声と共に、実験終了をマイクに告げる海尽。
頭を抱えながら、奈良坂に続いて出水にも詫びて、なおも唸っている。


「個人的には悪くねぇんだけど、メインとサブ両方持ってかれるから、シールドとかバッグワームが使えなくなんのは痛いってヤツが大半だろうなー……
かといって旋空みたく専用オプションにすると、使い道狭まるし」
「……だよねぇ」


やっぱり実戦投入はきついかな。
小さくそう呟く声に、噛みついた。


「まだ俺が試してない」
「え、うん、そうだね?」
「弾速と射程をカバーできればいいんだろう?
……陽介にも、普段と同じトリガーを出せるか」
「わかっ、た、ちょっと待ってて」


海尽が部屋から駆けだしたとたん、俺の肩に手が乗る。
その手の主は、妙な笑顔の出水だった。


「なんだその顔は」
「いや、なんかえらく乗り気だなーと思ってさ」
「あれが実戦投入できれば、今よりは近界民を殺しやすくなりそうだからな。
俺の目的のために、手助けしてるだけだ」


私は、三輪くんの助けにもなりたい。
三輪くんが、目的を果たせる日まで。

そう言ったのは、他でもない海尽自身だ。
だったら俺が海尽を手助けすれば、俺の目的が果たされるのも早くなる。


「……三輪?」


その時が来たら、俺はどうなるんだろうか。
突然、問いが頭を過った。
目的が果たされてしまえば、俺が沈んでいく場所はなくなる。
あの日、俺と共に沈めようとした寂しさは、名残り惜しさは、何処へ行く


「おい三輪?海尽帰ってきたぞほら」
「……ああ」


もしかすると、今までこの問いから目を背け続けていたのかもしれない。
ともかく、考え事は後だ。
まだ、目的が果たされていない以上は。
実験室にたどり着いて、ようやく少し落ち着いた。


『陽介くんのトリガー、ちゃんとセットできてる?』
「ん、いけてる」
『それじゃあ、戦闘内容は?そっちで決める?』
「オレは、また1発目避けずに試すかんじでもいいけど」
「いや、普通に模擬戦と同じ方法で行く」
「オッケ、じゃあそういうことで」


海尽の返事を合図に、互いに武器を構える。
先に打ち込んできた槍を、弧月で逸らした。
こちらが優位の接近戦に持ち込むには、まずあれを抑えなければならない。
早速、弾丸の出番だ。
打ち合いの中でもう一度槍を弾いて、刃の部分めがけて弾丸を撃ち込む。


「ぅおっとぉ!? 弧月にも当たんのかよコレ!!」


今までの戦闘から、干渉できる対象は読めていた。
刃を再構成する隙を突いて、近距離に潜り込む。
防御に使われた柄にも弾丸を撃ち込めば、陽介は当然弧月を捨てるしかない。

ここまで来れば、ほとんど勝ちだ。
シールドを出されるより早く、胴に連続で弾丸を当てた。
角柱に抑え込まれて行動不能になった陽介が、天井を見ながら笑いだす。


「えげつねぇな秀次ぃ〜」
「そうか?」
「容赦ないっつか、なんか必死なかんじ?」


どこがそう見えた、と聞こうとすると、スピーカーの音声が入った。
驚いた海尽の声と、その背後で騒いでいる出水の声が響く。


『す、すごいね三輪くん、全弾当てるなんて……』
「射程と弾速をどうしようもないなら、近づけばいいだけの話だ」
『正しいけど、弾丸トリガーとして本末転倒じゃない?』
「俺はこれでいい。使い道は、いくらでも考えられる」


まだ何やら納得していない海尽。
仕方なく、確実に説き伏せられるだろう、ある人物の名前を使わせてもらうことにした。


「戦術は少しでも幅広いほうが戦いやすい。
ひとつくらい、こういうトリガーがあっても良いだろう……東さんなら、そう言う」


東さんの名を出したのが功を奏したらしく、ついでに東さんの弟子である奈良坂の同意も貰う。
海尽が息を吐くのが、スピーカー越しに聞こえた。


『……ありがとう、あの、うん、戻ってきて』


言葉こそ微妙に煮え切らないままだが、先刻までよりは和らいだ声が言う。
了解を返して、自動修復を始めた部屋を後にした。








「アレ、武器にも当たんのな」
「うん。設定どおり動くなら、シールド貫通もできるよ」
「てことは、槍奪われた時点で負け確定だったのかよ……」
「ごめんね、あえて教えなかった」


キャスター付きの椅子を転がして右往左往しながら、さらりと初耳の事実を口にする海尽。
事前情報を削ってきたのは、どうやら実戦想定の一環だったらしい。


「三輪くん、弧月には当たるってわかった上で撃った?」
「わかったというより、ここまでの実験から推測しただけだ」
「さっすが秀次」
「にしてもすげぇ初見殺しトリガーだよな、ランク戦とかやばいことになりそう」


出水がランク戦のことを口にした途端、椅子の動きが止まった。


「どうした?」
「……ランク戦、完全に想定外だった」


思わぬ一言に、さすがに場の全員が固まる。


「んじゃ、シールド貫通設定とか、対人使用は何のため?的役のオレって何?」


いち早く硬直を脱した陽介が、瞬きを繰り返して尋ねる。
答える海尽も同じく、瞬きが多い。


「え、トリオン兵がこっちみたいなシールド技術を身に着けた場合とか、対人型近界民の戦闘とか……のつもり、だったんだけど」


何か変か?とでも言いたげに、ネームプレートの下がった首が傾げられた。


「結局ボーダーの目的って、そっちがメインじゃない?
ランク戦は、あくまで戦闘訓練と、隊員選別の手段でしょ」


海尽の目が、ようやく瞬きを止めて、光る。
もう見ることはないと思っていた、忌々しいあの色に、少しだけ似た色で。
やっぱり近界民は嫌い。
あの日に聞いた言葉が、蘇った。


「……まあそこで使えなきゃ、近界民相手もやり辛いかぁ!!」


まだまだ改良だね。
腕まくりして言う声が白々しく聞こえるのは、きっと俺だけだ。
椅子から立って、機器の電源を落とす動作さえも、どこか芝居じみて見える。


「今日はありがとう、食堂か自販機とかで良ければ、なんか奢らせて」
「マジか太っ腹」
「海尽様様〜」
「……チョコ菓子は有りか?」
「三輪くんも、行こ」


連れ立っていく中から、海尽だけが振り返った。
手招きに急かされるのに、おとなしく従う。
その道中、後回しにした問いが浮かび上がってくるのを、どうしても止められなかった。

目的が果たされれば、どうなるのか。
近界民が完全に排除されれば、海尽が俺に関わる理由はなくなる。
きっと海尽はまた、自分で新たな目的を見つけて、進んで行くのだろう。

俺はそれを、歓迎すべきことだと、もう苦しめられなくてすむのならば、それがいいと、断じた。
縛りつけてはならない、引き戻してはならないのだと考えた。
それなのに、あの日、手を取られてしまったばかりに。
いや、その手を離したくないと思ってしまったばかりに。
こんな、本来なら抱くことさえなかった問いに苦しんでいる。

いくら考えても、答えはひとつしか下せなかった。
きっと俺は、海尽を離してやれない。
限りなく近い場所にいて、どこまでも似た者同士だった海尽を。

あの目を、確かな殺意と憎悪を、俺と同じ感情を、海尽の中にまた見られたこと。
それがどうしようもなく嬉しかったのが、この答えの何よりの証拠だ。
自分と近い場所にいてほしいと、そう願ってしまっているのだ。

思考の何もかもがあまりに身勝手で、それを自覚した途端、全身が重たくなった。


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