「私のことは、海尽って呼んでください。よろしくお願いします」 はじめて合同部隊を組んだ日。 隊室で自己紹介をするなりそう言った坂頼の笑顔が、姉さんと重なって見えた。 もっとも、すぐにそれは錯覚だったと気づくことになる。 A級隊員ともなれば、任務や招集で授業を抜けざるをえないこともある。 その分は追加課題の提出や非番の日の補習で補填するのが、ボーダーと提携校での取り決めらしい。 この日も放課後に入っていた補習を終わらせると、空が茜色になるような時間だった。 別にこれ以上長居する用もないから、人気のない廊下を早足で歩く。 その途中、ひとつの教室の様子が引っかかり、立ち止まった。 電気はつけられていない代わりに、カーテンのかかっていない窓から射し込む夕陽が、教卓の上に座る誰かの影を映している。 そこでふらふらと足を揺らがせているのは、坂頼だった。 こちらには気づいていないらしい、俯いた横顔に、なんとなく声を掛けるのがはばかられる。 いや、元々そんなに親しい仲でもない。 というより、見ていると苛立つくらいには嫌いだ。 無視してまた歩きだせばいい。 それなのに、目が離せない。 赤く染まる、白い服から。 どこを見ているのかもわからない、虚ろな瞳から。 体が、動かない。耳鳴りが、する。 音のない教室がその響きで満ちて、やがてそれが、するはずのない雨音に変わって。 「ねえ、さん、」 中途半端に履かれていた坂頼の上履きが、床に落ちた。 けたたましい音に、我に返る。 「三輪くん?」 いつの間にか、教室の中にいた。 それどころか、何故か坂頼の腕を掴んでいた。 「どうしたの?」 そう言って少し高いところから覗き込む表情が、声が、記憶を呼び覚ます。 「なんでもないよ、」 手を離した瞬間の自分の口調が、姉さんに対するそれと同じに崩れていたことにも気づかなかった。 「……三輪くん?」 「なんでもない、ただ、」 お前が姉さんと重なった、お前まで死にそうに見えた、なんて。 何も言えずにいると、坂頼が俺の手を取って教卓を降りて、上履きを履きなおし、すぐそばに置いていた鞄を肩に掛けた。 その間ずっと、手は握られたまま。 「おい、」 「手あったかいね、三輪くん」 「そうじゃない、いつまで握ってるつもりだ」 「あ……ごめん、つい癖で」 離れた温度は、教卓に乗せていたにしても冷たかった。 冷えた感覚が、なかなか指から消えない。 「……お前、どうしてこんな時間まで残ってたんだ。 補習は受けてなかっただろう」 「んー……なんとなく?」 曖昧な返答とともに坂頼が見せた笑顔は、よく見なくとも姉さんに似てなんかいなかった。 虚ろな笑わない瞳と、綺麗に弧を描く唇。 その不均衡と、まだ残る冷たさがひどく不気味なものに思えて、寒くもないのに震えが走った。 やっぱり俺は、こいつが嫌いだ。 |