沈んでいく夢を見た。 水面も、光も見えなかった。 見えるのは、真上に伸ばした自分の腕と、立ち上る泡。 それから、全身を包む、海ではない液体の色。 その色を、どこかで見たことがあるような気がしたが、どこなのかは思い出せなかった。 そもそも、本当に見たことがあるのかも確かではなかった。 結局すべて夢なのだから、どうでもいいか。 音もなく、最期の息らしい泡を吐いて、目が覚める。 久々に夢を見たが、そのせいで深く眠れず、眠気が一日中纏わりつくこととなった。 ただでさえ抜けがちな授業で眠る訳にもいかず、どうにか耐えて昼休み、屋上へ向かう。 コンクリートからの照り返しが厳しいこの時期、人はめったにこない。 それでも、わずかな日陰はそれなりに過ごしやすいし、何より人気がない分静かだ。 少しだけ目を閉じて休むつもりで、日陰に腰掛ける。 下がった目線で、明らかに不自然な影を見つけた。 昇降口の上に置かれた給水タンクの、さらに上。 そこで作業をするでもなく、ただ座って足をふらふらと揺らがせている人影。 「あ、三輪くん」 もう1度立ち上がって上を見ると、案の定坂頼と目が合った。 「三輪くんも、ごはん食べに来たの?」 「……休みたいだけだ」 「暑くない?」 「別に」 「そっかー」 上から降ってくる、軽い返事。 それから間をおかずに、本人も降ってきた。 降ってきた、というのは、梯子も使わず飛び降りてきたからで。 タンクの上からは、それなりに高さもあるのに。 直射日光で熱せられた場所に着地すると、慌てて俺のいる日陰へと駆けてくる。 「お前、」 「三輪くん、休みたいんだったよね? 私、いないほうがいい? それとも、ここにいて後で起こしたりしたほうがいい?」 それなりに非常識な真似をした後で、常識的な気遣いを見せる坂頼の問いかけに、驚きで飛んでいた眠気が蘇った。 嫌いな奴がそばにいるとはいえ、今目を閉じたら、おそらく寝る。 それも、自分では起きられないくらいに。 「……予鈴の、5分前に起こしてくれ」 それだけ言い残して、下がる瞼に抗うのをやめる。 薄れる感覚の中で、おやすみ、と声が聞こえた。 昨夜と同じ夢を見た。 ただひとつ違うのは、もうひとり沈んでいく人間がいたこと。 俺よりは水面に近い深さにいて、周囲には随分派手に泡が立ち上っている。 今しがたその人間が、この液体に飛び込んだかのように。 深く深く落ちてくる手が、もうすぐで俺の腕に、 「みーわーくん!! 時間だよ!!」 「っ、ああ」 触れる、というところで叩き起こされた。 坂頼の表情が微妙に焦っているのは、俺がなかなか起きなかったかららしい。 時計を見ると、たしかに約束の時間を少し過ぎていた。 「……悪い」 ふらつく足で立ち上がって、階段に繋がるドアを開ける。 結局、あまり休めた気がしない。 中途半端に寝たせいで痛む頭に、階段に響く靴音が染みる。 坂頼は数段飛ばしで、駆け下りるというより飛び下りていた。 「……お前、高い所とか、飛び下りるのとか好きなのか」 回りきらない頭に浮かんだ問が、つい口から漏れ出す。 踊り場に立った坂頼が振り返って、不思議そうな顔をした。 「うん、まあ好きだけど、なんで?」 トリオン体ならいざ知らず、生身でもお構いなし。 危なっかしい、とは言うつもりがなかったのに、また勝手に声がこぼれた。 「私のこと、心配なの?」 否定も肯定も、咄嗟にできない。 屋上のときはともかく、階段や教卓の高さは知れている。 それなのに妙な危機感を覚えるのは、こいつの普段の戦い方のせいだろうか。 まるで、死にたがっているような。 返事ができないまま、俺が息を飲む音が予鈴に掻き消えた。 |