罰。罰なんだよ。
脈絡のない"罰"という単語を、確認するように坂頼が何度も言う。
むしろ罰せられるべきはこいつに嫌がらせをする連中の方だと思うが、この考えは的外れなのだろう。
黙って、次の言葉を待つ。


「ここね、元は社員寮で、私のお兄ちゃんの部屋なの。
お兄ちゃんは、最初の侵攻があった日、私と出かけてて」


出掛け先は、現在警戒区域に含まれているショッピングモールだった。
人の多いそこは格好の的となり、混雑と建物の倒壊で避難もままならず。


「逃げてる途中とか全然覚えてなくて、気づいたら、病院にいて、っ、お兄ちゃん、しんじゃってた」


父と母は、何も言わなかった。
兄以外の3人で住んでいた自宅は警戒区域内になり、どうにか区域を外れ、賃貸となったこの家に住むことにした。
侵攻の影響で父が失業したこともあり、家賃が安いのも都合が良かったらしい。


「とにかく近界民を殺したくて、すぐボーダーに入った。
人足りてなかったし、すぐ正隊員になって、任務するようになって。
そしたら、さ、両親がさ、」


兄と違いいやに他人行儀な呼称が、湧き上がる嫌な予感を加速させる。


「そんなふうに戦えるなら、なんでお兄ちゃんを守れなかったのって、なんで私が生き残ったのって、言って、」
「は…………!?」


あまりのことに、遠慮のない声が上がった。
坂頼がボーダーに入ったのは侵攻後、つまり兄がもう死んだ後で。
戦えるのは、トリオン体とトリガーがあるからで。
何も知らない、武器もない、ただのひとりの学生だった坂頼に何もできたはずがないのに、それを糾弾した。
 

「私だって思うよ、私が前からボーダーにいたらって、なんで私がって。
それからすぐ、両親はここを出たの。
お兄ちゃんのこと思い出すからだと思うけど……」


また、乾いた笑い声。
こうして笑うのも、そうしなければ心を守れないからで。


「もう両親のこと家族と思えないし、待ってる人もいないから、何もかもどうでもよくなっちゃって」


名前で呼べというのは、名字での縁の繋がりを切ってしまいたいからなのか。
たったひとりになって、死にたかったのか。
だから、あんな自棄のような戦い方をするのか。


「近界民が嫌い、だけどそれより、私自身が大嫌い。
だから、お兄ちゃんを守れなかったことを突きつける、この家に帰るの。
たくさん傷ついて、はやく死にたくて、」


なぜ自分が坂頼のことにここまでこだわるのか、理由がなかったし、見つけてはならない気がしていた。
それなのに、見つけてしまった。
俺は、こいつと同類なんだ。
自分が、前からボーダーに所属していれば。
今のように戦うことが、もっと昔に叶っていれば。
どうして大切な人がいなくなって、自分は生きているのか。
あの日から幾度も繰り返してきたのは、同じ悔悟と自問。


「……こんな余計なこと、話すつもり、なかったんだけど」


熱で歪んだ瞳が、伏せられる。


「三輪くん、余計なことついでに、ひとつお願い聞いてくれる?」
「……なんだ」
「手、握らせて」


言われるがまま、手を差し出す。
触れてきた両手の温度は、さすがに普段より高い。


「よく、お兄ちゃんの手、握ってたから」


あの日教室で言っていた"癖"は、そのことらしい。
生ぬるい指が、手の甲をくすぐる。
次第にその動作が緩慢になってきて、少し腫れた瞼が下がりだす。


「ね、むい」
「なら、寝ろ」
「……三輪くんこそ、目の下真っ黒だよ」


指の温度か、空気か、とにかく周りの何かが、俺の瞼までも重くする。
いつの間にか、座ったまま眠りこけてしまった。

またあの夢を見た。
液体の色は、今まで向き合っていた瞳の色だった。
沈んでくる手に、今日こそ触れた。
思ったとおり冷たいそれを、腕をのばして握って。
辿り着く先は、どこになるのだろうか。

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