先に、目が覚めた。
少し日が傾いていて、眠りこけてからしばらく経ったことを知らせてくる。
加古さんが、そばに座っていた。


「よく寝てたから、起こしちゃ悪いと思って」


微笑んだ目元は赤くなっていて、そこから頬にかけて何かの跡がついている。
声も妙に掠れていて、まるで、泣いた後のような。


「加古さん、」
「……東さんには、行けばわかるとしか言われてなかったの。
食べ物も1から作るんじゃなくレトルトにしとけって、食器まで持たされて、」


やけに音をたてていた紙袋の中身は、食器だったらしい。


「食器はコップひとつだけ、冷蔵庫も、食材すらもないのよ、この家」


親が持っていったのか、残されたものを本人が捨てたのか。
そのどちらにしろ、キッチンは空。
加古さんが白粥を持ってきたときの不思議そうな様子は、『調理器具さえないのにどうやってこれを作ったのか』ということだったのだろう。


「任務で組んだときからずっと思ってたの、放っておくと死んでしまいそうだって」


俺が抱いていたような危機感は、加古さんの胸にもあったらしい。
加古さんの白い手が、俺が握っていない側の生ぬるい手を取る。


「私、嫌よ。あなたがそうなるのは」


ぴく、と握っていた手が動いた。
そのまま、重そうな瞼が開く。


「ん、いま、なんじ、」
「……5時前だ」
「あれ、手、加古さん」
「三輪くんだけずるいと思ってつい、ね」


ずるいも何も、ねだってきたのに従っただけだ。
加古さんなりの誤魔化しだとわかっているが、つい内心で反論する。
あのとき隣にいたのが加古さんなら、こいつは最初から加古さんの手を握ったに決まっている。
別に、俺でなくともよかったはずだ。


「あの、ふたりとも、帰らなくて大丈夫なんですか?」


2本目のスポーツドリンクを開けながら、寝起きで舌足らずの声が聞く。
加古さんが、先に口を開いた。


「私はそろそろ帰らなくちゃならないけど、コンロにお粥を入れたお鍋を置いてあるから、あたためて夕御飯にして」
「そんな、」
「お鍋はそのまま持っててくれて構わないわ。
隊室にあったのだけど、誰も使わないし」


おそらくこれは、東さんの計らいだ。
思えば合同任務をよく組まされるのも、観察眼に長けた東さんに、危ういこいつを任せる意味があったのかもしれない。
合鍵も預かっていたほどなのだから、まず間違いなくそうだ。


「それじゃあ、先にお暇するわね」
「あ、あの、」


鍋の件への困惑か、見舞いの礼か、とにかく発された言葉は、聞き届けられる前に扉に阻まれた。
鍋を貰う訳にはいかないと食い下がられる前に撤退、といったところか。


「三輪くんは、帰らないの?」


昨日のように立ち去れとせがむものではない、純粋な問いかけに、そうだな、と返す。


「明日も学校でしょ?任務もあるし」
「……そうだな」


こいつのことは、嫌いだ。
今日だって、巻き込まれなければ見舞いになどこなかった。
そうすれば、こいつを無下にはできないと気づかずにすんだんだ。


「……海尽、明日の任務には来い。
体調管理も、ボーダー隊員としての仕事だ」


返事を待たずに、部屋を出る。
初めて呼んだ"それ"の余韻が、喉を震わせた。

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