軸と世界の邂逅


尸魂界・護廷十三隊二番隊第三分隊の管理下にある、 地下特別監理棟、通称「蛆虫の巣」。
もっともその名を知ったのは、ここを出た後のこと。

そこにあるのは、狂気と、争いと、ただ流れゆくだけの膨大な時間。
檻こそないものの、することもない。
知るものも、調べるものも、ない。

ならば死んでしまったほうが良い。

それが、私の下した判断だった。



「アナタ最近、飲まず食わずだそうですね」


どこか遠く、反響する声。
誰かと思えば、いつものあの男だ。
看守だか何だか知らないが、妙に私に構ってくる。


「霊力を使わないここじゃ、そう簡単に飢え死にはできませんよ?」


知ったことか。どれだけ時間がかかるかなんて。
もう喉はかれていて、言葉がまともに発されているかはわからない。
けれど、目の前の男は、それに答えた。


「どうせなら、まだまだもっといろんなこと、知りたくないっスか?」


何を言っている。
この狭い退屈な場所が私の世界のすべて。
とうに、知り尽くした。


「ボクなら、アナタの世界を壊せます」


ふざけるな。
百年近く抗って、何も変わらなかった。
何ができる、たかが一人の死神に。


「ボクと一緒に、ここを出ちゃくれませんかね?」


黙れ。
そう一蹴するには、その誘いは魅惑的すぎた。


「アナタの力が、必要なんスよ。
この世には、研究するものはたくさんある。
まだまだアナタの知らないものがあるってことっス。ねぇ、」


知りたいでしょう?


「桐原久夜サン、アナタはまだ死ぬわけにはいかないはずだ。
ボクとよく似たアナタなら」
「……それは、私に利益が、あるんだろう、な」
「もっちろんですとも。
ありとあらゆる物を調べ放題なんスから」


嗚呼、知りたい。調べたい。すべて、すべて。
久方振りの感覚に、口角が上がる。


「……その提案、乗る」
「えぇ、きっとそう言ってくれるだろうと思ってましたよ」


やっぱりこいつは、気に食わない。
私のことを知ったような口を利いて。

まずはこいつを、知り尽くす。
そう決めて、差し出された手をとった。


――――――――――――


「いやに上機嫌やなぁ、ナンパは上手くいったんかい」
「人聞き悪いっスねぇ、ボクはそんなことしませんよ」
「あーそーですかー。
ていうか、ウチついて来る必要あったんかい喜助ぇ!!」


下から睨みあげてくるひよ里サンの問いには、答えないでおいた。
たしかにまあ、久夜サンの勧誘には連れてこなくてよかったかもしれない。

ともかく見込み通り、彼女は"死んでいなかった"。
肉体はもちろん精神も、研究者としても。
彼女は、こんな檻の中に収まっていて良い人物ではない。
だから、彼女が生きられる"世界"を作った。


「ニヤニヤすんなや気色悪い」
「スイマセン、あんまり嬉しいもので」
「あの女、何モンやねん?
なんでこんなトコにおんねん」
「んー、ヒミツっスよ」


また抗議の声があがったのでそれをいなしつつ、洞窟を抜ける。
さて、ボクの作った世界は彼女に満足してもらえるのか。
ふとそんな不安が過ぎる。


「なんや今度は真剣なカオしよって……四番隊行くか? ビョーキちゃうんかい」
「……ひよ里サンはボクをなんだと思ってるんスか!?」


副官の言葉にざっくり傷つきつつ、ボクの世界は回る。
近いうちに加わる、新しい住人に思いをはせながら。

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