催涙雨
「催涙雨、と言うらしい」
織女と牽牛が、年に一度の逢瀬を叶えられないために流す涙になぞらえて、七夕の日の雨をそう呼ぶと。
屋根から落ちる滴を見るともなしに見ながら、久夜さんがぽそりと話した。
「珍しいですね、あんたがそんな話するなんて」
特に気の利いた返しは浮かばないので、思ったままの事実を言う。
普段ならば、所詮おとぎ話だと鼻で笑いそうなものを。
実際、過去にそう斬り捨てていたのを聞いた。
「仕事を怠けたほうが悪い、ってのがあんたの主張じゃなかったんです?」
「それは別に変わってない……そんな昔の話、よく覚えてたな阿近」
そりゃ、あんたのことなら何だって。
言えるはずもない言葉を飲み込んで、ええまあ、と曖昧に返した。
久夜さんが妙に感傷的になっているときは、大抵ふだん抑えつけている感情が浮上してくるときだ。
越えられないものに阻まれて、離れ離れにされたあの人への。
怠けていようが勤勉であろうが、関係なかった。
年に1度の逢瀬どころか、100年も会えずに。
「泣いたって、何も変わらない」
あの日から今日まで、久夜さんがあの人を想って泣くのを聞いたのも、寂しげに名前を呼ぶのを聞いたのも、ただの1度だけだ。
それでも、想いが消えていないのは明白で。
涙を流すことをとうの昔にやめた瞳が、雨空を睨む。
吐き捨てるように、消え入りそうにこぼす。
が、すぐにその声音は冷めた。
「泣いている暇があるなら、河を越える術のひとつやふたつ考えて、神への直訴の1回くらいすればいい」
「……現実主義なのかなんなのかはっきりしてくれ」
ああそうだ、久夜さんはあの人と考えがそっくりなんだった。
何にだって第一に、策を打とうとする。
あの人のほうが、何枚も上手ではあるが。
策があったってどうにもならないこともあると思い知っているはずなのに、突き進まずにいられない。
本当に河だろうがなんだろうが越えて、二度と戻れなくとも、どこか向こう側に行ってしまいそうな。
どこにも行くななどと言える立場でもないし、言うつもりもない。
「……催涙雨は、再会できたことへの嬉し涙って説もあるらしい」
「お前までどうした?」
「別に、あんたに乗ってみただけです」
ただ願わくは、行先があの人に繋がればいい。
そして、二度と離れずにいられればいい。
この雨で届くかもわからないが、星に願うなんてこれまた柄にないことをしてみたくなった。
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