追想黙録


不夜城と呼ばれて久しい、技術開発局の1室。
今年最後の日にも灯りの灯るその部屋の片隅に、うずくまっている影。


「何してるんスか、久夜サン」
「大掃除のときに出てきた資料を見てた」
「こんな隅っこで、スか?」
「どこだろうが一緒だ」


言いつつ、さらに壁のほうへめり込むように動く久夜サン。
膝もすっかり自分の胸に抱え込んで、ただでさえ小さな体がさらに畳まれている。


「……そこに立つな、暗い」
「ああ、すみません」
「お前こそ何しに来た、こんな年の瀬に」
「特にすることもないんで、それこそ資料でも眺めてようかと」
「……そうか」


再び資料に視線を戻した久夜サンの隣に腰掛けると、一瞬横目で見られたが、その視線はまたすぐに資料へ。
横顔を見つめ続ける訳にもいかず、目の前の棚に手を伸ばして、暇つぶしに適当な冊子を取った。
『技術開発局 特別危険毒物管理実験棟 取扱品目録 第参期』
開いた中の、薬品や植物(驚異的な割合で毒草)の名前が連なる筆跡は、全てが久夜サンのもの。
報告書よりも崩れた字なのは、ほとんど自分しか読まない書類だからか。

頁をめくる音と、僅かな呼吸音。
それ以外は完全に無音。
雲が掛ったのか、部屋に差し込んでいた月明かりがいつの間にか弱まり。
久夜サンはといえば、時折舟を漕ぎ出していて。


「……寝ます?」
「……」
「もたれて良いっスよ?」
「……、」
「ありゃ……」


答えがまともに返ってこないあたり、相当に眠いらしい。
やがて、肩に軽い衝撃が。
そのままずり落ちていきそうになるのを慌てて支え、緩みかけた指に握られている資料をそっと取り上げて、元あっただろう空間に戻す。

微かな寝息を掻き消すように、どこからか除夜の鐘が聞こえた。
ああ今年も久夜サンは、ボクの誕生日を覚えていなかったようで。
暗い密室、真夜中、二人きりだというのに、この状況には色気の欠片もありはしないし。

10数回目の鐘の音を聞きながら、少しだけ邪な考えが浮かぶ。
資料を手放したきり半端に開いたままの指に、自分の手を重ねて指を絡めてみた。
当然握り返されることはないけれど、普段は触れさせてもらえないから。

今だけは、今日くらいは、このくらいは許されるだろう。
というか、ボクらにはこれくらいが良い。
少なくとも、久夜サンの夢が終わるまでは。
それまでは、久夜サンはこの子自身のものだ。
ボクが所有するのなんて、今この一時だけで良い。
それだけでボクには、身に余るほどの贈り物だから。

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