文化祭前の生徒会の忙しさは、おかしい。
生徒がメインという行事の性質と、うちの学校の奇妙なお祭り気質とでも言うのか、とにかくそれが融合してしまい、異常なほどに仕事がある。
休み時間も放課後も、あって無いようなものだ。

今日も、不備のあった書類を再提出してもらうために、部活をやっている教室へと向かっているところで。
握ったプリントには、『部活動名 漫画研究部』の字。
……会えるかな、なんて、考えてはいけないかもしれないけど。


「うぇーと、きょ、今日は私が話し合い進めます!!」


いつもより、妙に上ずった声。
なんとなくドアを開けるのが躊躇われて、そのまま廊下で立ち聞きする。
窓から見える室内では、雛乃が黒板に何か書き始めたところ。
届かないなら、無理に1番上から書かなくてもいいのに。
よれていく字を見かねたらしい他の部員が、板書を代わって出るまで、背伸びは続いていた。
どうも、3年生が他の活動で不在で、雛乃が話し合いの司会を代行しているらしい。


「それじゃ、確認!!
まずカラーイラストは全員1枚以上で、パネルに貼ることになってます。
貼り付け用のマステ募集してますんで、よろしくです」


時折メモに視線を落としながら、連絡事項や締め切りの確認をしていく雛乃。
声音は随分と真面目で、表情もどことなく真剣。
普段僕の前で見せている姿とは、大違いだ。
新たな一面を垣間見られた気がして、知らず口許が緩む。
ああ、頑張ってるなあ。
かわいい、と思うのは失礼だろうか。

そうこうしているうちに、話し合いは終わったようで。
用事をすませるために、扉を叩いて声を掛けると「どうぞー!!」と雛乃の返事が聞こえた。


「失礼します、少し時間いいかな?」
「わ、か、会長、お疲れさまですっ!!」
「そちらこそ、お疲れ様。それで、聞きたいことがあるんだけど」
「はい、時間なら大丈夫です、暇してますので!!」


それもどうなんだ文化部、と内心思いつつ、持ってきたプリントを手渡す。


「パネルの貸し出し数が、この2か所で食い違ってるんだけど、どっちが正しいか知ってるかい?」
「あー、たしか4枚なんで、こっちの3枚ってのがミスです……すみません会長」
「構わないよ、ただ一応確認しておかないと、後々が大変になるから」


プリントをのぞき込む雛乃の頭を、いつものように撫でかけて、手を肩の高さまで上げたところで、ここが他の人もいる部室であることを思い出す。
手を下げるわけにもいかず、ずれてもいない眼鏡を押し上げた。
結局不自然な動きになったけど、仕方ない。
雛乃はといえば、少し残念そうな顔。
何も言ってこないあたり、わかってはいるようだけど。


「それじゃあ、準備頑張ってね」


他の部員にも向けて、部室を後にしようとする。
と、


「会長、生徒会は今年どんな企画をするんですか?」


問いかけられて、顔が引きつるのがわかった。


「うえ、と、」


どうせ、生徒用のプログラムが全校配布された時点でバレるのだから、今隠したってどうしようもない。
けれどここで企画の概要を言えば……うん、間違いなく雛乃は、本人いわく"発狂"の状態になる。
それは名誉のために(?)止めたほうが良い、と思う。


「もうじきプログラムを配るから、それまでのお楽しみということで……」


食い下がられる前に、心持早足で立ち去った。
……結局プログラムが配られた時点で発狂するのだから、教室より人の少ない部室でバラしてしまったほうがましだったかもしれないと思ったが、まあその時はその時だ。

諦め、その他諸々を込めた溜息を吐きつつ、生徒会室の扉を開けると、そこにいるはずのない人物がいて、また溜息が漏れた。


「お、やっほーナチュラルボーン生徒会長」
「どうしてここにいるんですか、浅野先輩」
「んー? カワイイ後輩の企画は順調かどうか心配でさぁ」


首には来客用の名札が下げられているので、一応正規の手続きを踏んできたことにひとまず安堵する。
この人なら、いつの間にか侵入だとかしていてもおかしくない。


「で、衣装の進捗はどうよ」
「それはまあ、後は1度着てもらって調整すれば終わりの段階まで来てますよ」
「さっすがメガネミシン様さまだわ、見たいし今から試着やんない?」
「断っても聞きませんよね……今から集合掛ける予定だったので、構いませんけど」


部屋の片隅に置いて、なるだけ見ないようにしていた段ボールを抱え上げる。
隙間から除く布地……もとい衣装に、3度目の溜息。

何がどうなって、所謂『コスプレ喫茶』なんてものを、生徒会総出でやることになってしまったのか。

それもこれも、ここにいる元生徒会長の浅野先輩が、現生徒会役員の後輩を通して(というか脅してかもしれない)意見をねじ込んできたからで。
1回こういうのやってみたくて!!と何食わぬ顔で種明かしをしに来たのが、最初の話し合いの翌日だった。
じゃあ大学でやってくださいよと言いたくてたまらなかったが、案外他の役員が乗り気で。
僕としては却下される望みを掛けて、先生に提出したものの、その先生までも浮足立っていて。
体育祭の借り物のカードの件といい、この学校、大丈夫だろうか。

衣装は、過去の演劇等で使われて放置されていたのを改造すれば済んだので、そのおかげか予算をかなり削減できたのがほぼ唯一の利点だ。


「誰が何着るとか、決まってるの?」
「ああはい、これ一覧です」


メモを渡せば、それを見ながら、段ボールから好き勝手衣装を引き出して、しげしげ眺めている。
積み重なった衣装で机がいっぱいになったあたりで、浅野先輩が素っ頓狂な声を上げた。


「石田、あんたは何も着ないわけ?」
「その予定ですが」
「衣装1着余ってんでしょ、もったいない」


それは念のための予備みたいなもので、と言うより先に、僕の目の前に、その"予備"が差し出される。


「これ着て接客。一定の需要はあるわよ、メガネだし」
「眼鏡だしって!?」
「あんたのカノジョさん、喜ぶと思うけどな〜」
「……はぁ!?」


思わず向き直ると、浅野先輩は人の悪いことこの上ない笑顔を浮かべていて。
どういうことだ、なんでこの人が知っている?
そもそも、おおっぴらにはしていないはずなのに。


「啓吾と雛乃ちゃんが話してるとこに偶然出会ってさ〜そのとき聞いたの」


浅野君、許すまじ。


「カノジョなら、生徒会のお店来るでしょ?ね?」
「そりゃ来るでしょうけど、」
「お、そこは否定しないんだ、お熱いことで」


ニヤニヤ笑いを濃くする先輩は、追撃をやめない。


「文化祭っつたら、告白の大チャンスよ。
ふだん見られない一面が見えて、なんとも思わなかった子についグラッと……なぁんてよくあるんだから」


盗られちゃわない?大丈夫?

そう言われれば、返す言葉もなく。
最近忙しさで連絡すらままなっていなかったし、さっきだって会話内容は業務連絡だ。


「……着ますよ、着ればいいんでしょう」
「ふふん、さすが私の見込んだ生徒会長!!」


別に雛乃を信用していないわけじゃない。
ただ僕が不安なだけで。
でもそれは結局、信用していないということなんだろうか。
葛藤はさておき、雛乃が喜べばいいなと思った。
……これを着る羞恥心を上回ってくれるほど。

<続く>
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