「漫研の教室ってここ?……なんか派手じゃない?」
「飾り付けのルールが甘くなったので、その関係ですよ」
「なるほどねぇ、この学校のお祭り好きは相変わらずなんだから」


それに全力で便乗してきた人が、何を今更。
恐らく何を言っても堪えないので、黙っておくことにしよう、うん。

蛍光ペンで『漫画研究部!』と書かれた案内が掲げられた窓から、中をのぞき込む。
雛乃は何やら機器をテレビに繋げていて、まだ僕らには気づいていないみたいだ。


「けっこう人来てんのねー」
「そうですね……」
「どしたの、浮かない顔してさ?」
「……心配なんですよ、あれで緊張しやすいタイプですから」
「へー、意外」


作業を終えた雛乃が、椅子に座る。
明らかに動作がぎこちない、完全に緊張しきっている。
上げられた視線が、偶然僕と合った。
本当に来た、とでも言いたげな、若干恨めしそうな目。
深呼吸らしい息をひとつ吐いて、雛乃が口を開いた。


「えーと、皆さま来てくださってありがとうございます。
では、ライブペイント2時半の部を始めます!!」


かすかに震える手が、ペンを取る。
接続していた機器は、手元を映すカメラの映像を、テレビに表示するためのものだったようだ。
下描きだけしてある紙の上を、黒い実線が駆けていく。
描いているうちに吹っ切れてきたのか、作業ペースが上がってきた。

時折手順の説明を交えながら、画面の中の絵が完成に近づいていく。
その横顔は、ひたすらに楽しそうで。


「……よし」


やがて小さな呟きとともに、ペンが置かれた。
完成した絵に、カメラが寄っていく。


「えと、この絵自体は、私の好きなものとか描きたいものとか詰め込んだだけなんですけど……」


解説を聞きながら、浅野先輩が呟いた。


「なんかあの絵の男、アンタに似てる気がする」
「そうですかね……?」
「眼鏡とか、ヒョロいとことか」
「ヒョロっ……!?」
「よかったじゃん、"好きなもの"らしいよ?」


それは嬉しいけれど、浅野先輩の形容のせいで素直に受け取れない。
そこまで頼りない体格はしていない、はずだ。
それとも雛乃には、僕がそういう風に見えているんだろうか。
思いがけず不安になってきた。


「へこんでないで、解説聞いたげなさいよ」
「誰がへこませたと思ってるんですか……!!」


さすがに抗議しつつ、ふたたび雛乃の声に耳を傾けなおす。
描いている最中と変わらず、楽しそうな様子。

僕は、雛乃の描く絵が、その中にある世界が好きだ。
それ以上に、絵に関わるときの雛乃が好きだ。
紙の前だと、僕にだってあまり見せない顔をするから、たまには嫉妬も覚えるけれど。
そんなものは、雛乃の楽しそうな顔を見ればすぐに吹き飛んでしまう程度のこと。

どうやらひとしきり語り尽くしたようで、雛乃が椅子から立ち上がった。


「……解説、と、ライブペイントはこれで終わりです。
皆さまありがとうございました!!」


礼の後に、ぱらぱらと拍手が鳴る。
絵という集中先がなくなって、緊張が帰ってきたのか、照れくさそうにペコペコと小さく礼をし続けている姿が、なんとも言えずかわいい。
本人に言えば怒られそうだから、これもまた黙っておこう。


機器の撤去が終わって、廊下に出てきた雛乃を捕まえる。
案の定第一声は「なんでほんとに来ちゃうんですか」だった。


「ごめんね、どうしても見たくて」
「……変なとこ、なかったですか?」
「緊張してるな、とは思ったよ」
「し、仕方ないじゃないですか!!
思ったより人いっぱい来てるし!!
わかってたら絶対引き受けてませんでしたよ……!!」


そうは言いつつ、わかっていても引き受けたんだろうと容易に想像はつく。
優しい雛乃のことだから。
ねぎらいを込めて、頭を撫でる。
それからもうひとつ、ご褒美でもあげようかな。


「あと30分で、今日の分の日程は終わる。
どこか1箇所くらいは、今から一緒に行けるじゃないかと思うんだけど」
「行きます!!」


いい返事というかむしろ食い気味の返事が返ってきて、勢いに少し気圧された。


「う、うん、どこに行きたい?」
「2Cのドーナツ食べたいです!!」
「わかった、じゃあ行こう」


人波に飲まれそうになっている雛乃の手を引いて、外の屋台エリアへと歩いていく。
繋いだ手を見て、雛乃は戸惑っているようで。
いつもなら、人前でこういうことをしないせいだろう。


「あ、あの、」
「……今日くらい、構わないと思わないかい?」
「私は構わないんですけど、その、会長は!?」
「構うなら、元からこういうことしてないよ」


それに、と付け足した声が、予想外に小さくなる。


「それに、その、最近あまり会えていなかったし……
なるだけ、近くに感じていたいというか……」
「……は、はい……」


なんだろうこれ、自分でやり出したことなのに、とてつもなく恥ずかしい。
そのせいか、一緒に食べたドーナツは異様に甘かった。
さすがに「あーん、とか、します……?」という提案は丁重にお断りしたけれど、後になって、やっておけば良かったと思ったなんて、それこそ絶対黙っておこう。

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