冬場の校舎内というのは、どうしてこうも冷え込むのか。
厚着を許してくれない校則を恨みながら、凍える階段を下る。
外は寒いけれど、体育館沿いまで行かなければならない。
目指す先は、3台並んだ自販機。
とにかくなんでもいい、あったかい物が飲みたい!!
それ以前に、手を温めないことには原稿を描けそうもないのが、漫研民として大問題なのだ。

時々「あったかいもの……」とぼやきつつ辿り着いた先で、夏よりも暖色のパッケージが増えた商品たちを眺める。
あの新商品とか美味しそうだなぁと思ったのもつかの間、悩む時間を惜しんでしまうほどの寒さにやられて、結局一番先に目に入ったココアのボタンを押した。
出てきたペットボトルは、あったか〜いを通り越してちょっと熱い。
素手では持てそうにないので、セーターの袖を伸ばして、掌を半分くらい覆う。
服を傷めてしまいそうで少しためらうけれど、こうするより他ない。
布を隔ててじんわり伝わってくる温度に思わず「あったかい……」と声が漏れる。
これが冷めないうちに早く部室に帰ろうと踵を返すと、すぐ後ろに人がいて、今度は驚きの声を出してしまった。
そこにいたのは、誰あろう会長。


「お、おつかれさまです会長!!」
「お疲れ様。目当てのものは買えたみたいだね」
「目当て、と言いますと……」
「廊下からずっと、『あったかいもの……』って言ってたじゃないか」
「……聞いてたんですか!! ていうか後ろにいたんですか!!」


手を擦ったりガタガタしたりしていたのも見られていたのかと思うと、これは久々に死にたい案件。
「声を掛けようか迷ったけれど、見ていたかったから止めておいた」なんて言われて追い討ちだ。
一体それはどういう意味ですか会長。


「雛乃、寒いの苦手なの?」
「はい……校則変えてください会長、厚着したいです……」


無茶なお願いの返答は、案の定困った笑顔だった。
会長のほうこそ寒いのが苦手そうなイメージが勝手にあったけれど、着ぶくれしていないから、中に色々と着込んでいるようには見えない。
外見上の変化も、白い鼻先や手がほんの少し赤くなっているくらいで。

寒がってる会長、見てみたいなぁ。
そんな悪戯心がわいてしまって、まだ温まっていない指先で会長の頬に触れる。
大概の友人は叫ぶくらいに冷たい手のはずなのに、会長はというとちょっと目を見開いたくらいで、あとはまさかのノーリアクションだった。
なんだろう、さすがに若干さみしい。


「……冷たくないんですか?」
「いや……びっくりした、かな」
「冷たかったから?」
「それもあるけど、普段雛乃からこういうことしないだろ?」


頬に当てていた手が、会長の手で覆われる。
その手は私のよりずっと冷たくて、でもそんなことよりも、手の甲をなぞられる感触のほうが気になって仕方なくて。
触れられる様を思わず凝視してしまうと、やっぱり私より手が大きいことだとか、指の感覚だとか、関節のひとつひとつだとか、そういう所にまで意識が及んでいく。
周りの寒さのせいで、顔が熱くなっていくのが自分でも一層よくわかってしまう。
なんでこの、会長という人は、時折こうして2次元みたいなことをするんだろう。
私を殺したいんだろうか。
これだから、本当に、物理的に住む次元が違う人なんじゃないかとたまに思ってしまう。


「会長、なんか手にタコ?みたいなのありますねっ?」


気を逸らそうとして、気づいたことをそのまま口に出した。
ペンだこにしては妙な位置で、でも感触からして肌荒れではなさそうな、不思議なタコ。
問いかけに、会長の目がまたわずかに見開かれる。


「ああ……少し、ね」


珍しく、会長が言い澱んだ。
もしかすると、言いたくない事情があったのかもしれない。
その考えに至ったとたん怖くなって、混乱した頭で、また思い浮かんだままを言ってみる。


「あ、あの、手芸だこ、とかですか?」
「うん、そんなところ」


今度は、すぐ答えが返ってきた。
それと同時に、ひととおり触られた手が解放される。
でも、ごちゃごちゃになった感情が治まらなくて、あったかいココアを飲むどころじゃなくなってしまった。
今さっき、私の言葉に肯定を返したときの表情は、これまで見たことがなくて。
言い澱んだときだって、そうだった。


「……会長」


背筋が震えるような感覚は、冬のせいだけじゃない気がして。


「どうしたの?」


生ぬるくなりだしたペットボトルを握りしめて、もう一度口を開く。
でも、何をどう聞けばいいのかさえわからない。
ただなんとなく不安で、胸がざわつく。


「今から、生徒会室のストーブ、当たっていっていいですか?」


結局そんなふうにごまかして、やり過ごす。
仕方ないなぁって言ってくれた会長は、いつもの表情だったから。

だから、きっと気のせいだ。
寒くて暗くて気が滅入る冬だから、不安が増してしまうだけで。
そう心の中で唱えても、握り込んでいるボトルの中身みたいに、どろどろした何かが消えないままだった。
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