2月14日は、バレンタインです。
学生にとっては、いかに先生にバレず、違反品であるチョコを持ち込むかという知恵が試される日でもあり。

まあ、今年は土曜だから関係ないですが。


「よほほ……」


今のは、私の嘆き声です。
どうしてこうなった、その言葉以上に、この状況を的確に表す言葉があるでしょうか?

2日前に、アイスボックスクッキーの生地を作りました。
冷凍しておいたら、いつでも切って焼けるやつです。
それを出してきて、包丁を入れました。
そしたら、その瞬間に崩壊しやがりまして。
まあ焼いたらバターが溶けてくっつくだろう、と思って焼きました。
くっつきましたよ?はい。でも。


「パッサパサだよ……」


なんの拷問でしょう。
水がなかったら死ぬレベルのパッサパサ。
分量は守ったのに、パッサパサ。

こんなことなら、前日に試しに作っておくんだった。
いっそ溶かして固めるだけのチョコとか、簡単なやつにするべきだった。
自分の身の程知らずめ!!


「どうしよう……」


このパッサパサは、人に食べさせたらダメなやつだ。
まして、まして。会長になんか絶対ダメだ!!

そもそも、自分でこのレベルのお菓子作れるでしょうね会長は!!
そんな女子力高い人に、私の手作りを押し付けるというだけでも気後れしているというのに。


「何か簡単なレシピ……」


検索してみても、ダメだ。私の力量と、時間が足りない。

ごめんなさい、会長。
今年は既製品をお渡しするしかないようです。


――――――――――――――――


今月のお小遣いをかなりつぎ込んで、奇跡的に残っていた、有名店のバレンタイン商品をゲット。
美味しくないはずがない、うん。

さて、会長の御自宅に着きましたよ。


「…………無理だ」


インターホンを押す指が震える。
よく考えたら、お邪魔するのは初めてです。

というか、本当にチョコ渡しにきて良かったんでしょうか?
迷惑じゃないでしょうか?
やっぱり、帰ろう。
来年は頑張れ、春田雛乃。

いや、さすがにバレンタインをスルーはダメか。
いやでも……


「そこで何をしてるんだい、雛乃」


いけない、幻聴が。


「こら、いつまで往復してるの」


肩を軽く掴まれた。
振り返れば、見馴れたお顔。


「会長だー………どうしてここに」
「さっきから君が、何回も家の前を往復してるから、何事かと思ったんだよ」


見られてましたか、よし死のう。
ひとまず、なんでもないふりをして、帰ろう。


「なんでもないですよ、通りすがりです」
「だったらなんで往復……まぁ良いか」


いや、良いのかな?と呟く会長、可愛いです。
改めて、なぜこの方が私の彼氏様なのでしょうか。


「あれ、その袋」


あ、見つかった。
バレンタインチョコレートです、とは言えません。


「チョコですよ。わ、私一人で食べようかなって……」
「そうなんだ。だったら、引き止めてごめんね? 溶ける前に帰らないと」
「そう、ですね」


これで、良いのかな?折角会えたのに?
バレンタインなのに?


「………あ、の、会長」


一緒に食べませんか?

絞り出した声は、果たしてきちんと聞こえたのか。
私の家まで保冷剤がもつかどうかわからない、溶けたら困る……としどろもどろで言い訳する。


「じゃあ、上がっていくかい?家に」


答が、完全に予想以上でした。


「会長の、御自宅?に?」
「嫌、かな」
「嫌じゃないですよ!?」


ただ、驚いているだけです。


「あの、お邪魔します…」


整理されたリビングは、必要外のものなんてなくて、びっくりするくらい綺麗で。
チョコには合わないかもしれないけど、とお茶が出される。


「開けましょうか、箱」


本来一人用のテーブルで向かい合っているせいか、近い。
気恥ずかしさが頂点です。

深紅の箱を開いたら、中にはチョコが6つ。
ミルクチョコのハート型、
ホワイトチョコのハート型、
四角にハートの模様、
丸っこいハート型、とにかくハート。

しまった、中身、完っ全にバレンタイン仕様だったーー!!


「うぇーとこれはですねえーとあの」
「わかってたよ?大体は」


はい? わかってた、とは?
苦笑と微笑みの中間くらいの笑みを浮かべながら、会長がチョコを一粒掴む。
ああ、指綺麗。


「これ、僕にくれるつもりだったんでしょ」


薄い唇に、ミルクチョコが消えた。
美味しい、と一言言って、次に四角いチョコを取る。


「はい雛乃、口開けて」


冷たい感触が、押し当てられる。


「一緒に食べるんじゃなかったの?」


怜悧な目に見つめられて、異様に心拍数が上がっていく。
固まったままでいたら、チョコが離れた。
それから、会長の口におさまる。


「全部、食べちゃうよ?」
「は、はい」


今のって、間接キスに入りますか?
どぎまぎしているのに、気づいているのかいないのか、会長が私に近づく。


「雛乃、来年は、できたら手作りが食べたい」
「今年みたいに、し、失敗しなかったら……」
「大丈夫だよ、なんなら、僕と作る?」


それはバレンタインの意味があるのでしょうか!?


「雛乃」
「はい?」
「今の言葉の意味、わかってる?」


今の、とは?
脳内で、会長のセリフを反芻する。

来年は、できたら手作りが食べたい。

何気なく、来年も一緒にいることが前提で。


「雛乃、こっち向いて」


赤くなった顔を見られたくなくて俯いても、首と顎の間に指をすべりこまされてしまう。
くい、と押し上げられて、至近距離で見つめあう。


「大好きだよ、ずーっとね」

この人には一生、敵わないです。
女子力も、何もかも。
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