※ヒロインは竜弦さんと、消失篇で知り合ったことになってます (いずれ書きます)。
ですので時系列的に、雨竜が卒業してます。しかし相変わらず会長呼びです。パラレル的にお読みください。※




本日、私には重大なミッションがあります。
何かをノートに書いている会長に、声をかけた。


「会長、今日は3月14日です」
「そうだね」
「何の日かご存じですか」
「知ってるよ、ホワイトデーだろ? はい」


手渡されたのは、綺麗なラッピングをされた、クッキー。
しかも、市松模様とかぐるぐるとか、何これ、普通に製菓店レベル。

このクオリティの手作り、私のアレのお返しとして頂いて良いんでしょうか。


「ありがとうございます!!でもあの、これ、良いんですか」
「かまわないさ、僕が雛乃に渡したいだけなんだから」


あぁ、会長格好いい……
早速1枚、プレーンをかじらせてもらう。
バターの味がして、甘いのにしつこくなくて、美味しい。
語彙が貧相なのが悔やまれる、とにかく美味しい!!


「美味しいです……」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」


2枚目のクッキーに手を伸ばしかけて、今日の本来の目的を思い出した。ミッションミッション。

今日、3月14日は、ホワイトデーももちろん、だけど!!


「他に何か、今日についてありませんか」
「3月14日に? 心当たりはないな」


え、本気ですか会長。


「もしかして、クッキーだけじゃ嫌だった?」
「そうじゃないですよ!?
ホワイトデーのことじゃなくて、私より近しい何か……というか誰かに関することなんですが」
「雛乃より近しい人……?居ないな」


今のは喜ぶべきなんでしょうか。
脳裏に浮かんだ白い人影が、可哀想になってきた。


「思い出せないと、まずい?」
「まずいといえば、まずいですかね……」
「雛乃に関することでないなら、一体なんなんだ……」


わぁ、本当にわかってない!!


「ご愁傷様です……」
「何がだい?」
「あの、ほんとに思い出せませんか?」
「悪いけど、一向に」


なんてこったい。
教えてくれる?と尋ねられたので、仕方なく告げる。
覚えてるのが一番だったんですが……


「竜弦さんの、お誕生日ですよ!!」


会長の表情が、明らかに引きつった。


「とりあえず、雛乃にいくつか聞かなきゃならないことができたな」


会長がペンを置いて、私に近づく。
ぐい、と右腕を引かれて、ごく近くから見下ろされる体勢に。
掴まれた腕が、熱い。


「ななななんでしょうか」
「まず、いつどこで、あいつと知り合った」


怒っているようにも見える会長。
あいつ、なんて会長らしくないなぁ。
仲が良くない、というか悪いのはわかっていたけれど、これは想像以上です。
早く、と目で急かされるので、正直に言う。


「会長が入院されてたときです」


あの時は、色々あった。
今こうして会長といるのは、竜弦さんのお陰でもある。


「なんで、誕生日まで知ってるんだ」
「まぁ、流れ……?」


なんの流れで知ったのか、私もよく覚えていない。


「で、今日があいつの誕生日だから、僕に祝えって?」
「嫌ですか?」
「嫌だね」


ピシャリ、と音がしそうな断言だった。
そこまで拒否しなくてもいいんじゃないでしょうかっ!?


「君のお願いでも、嫌だ」
「ど、どうしよう……」
「というか、どうして僕は"会長"で、竜弦は"竜弦さん"なんだ」
「え!?」


いじけてるのか、話題を反らしたいだけなのか。
真意はわからないけれど、どうして、と再び聞かれたので、答えを返す。


「最初は"院長先生"だったんですけど、堅苦しいかなーと……それで、本人の許可を頂きまして」
「じゃあ僕のことも"雨竜"でいいよね、僕が許可するから」


あ、これいじけてたっぽいですね。
確かに私は、会長を会長としか呼んだことがないけど!! それは!!


「無理です、恐れ多い!!」
「竜弦は恐れ多くないの?」
「いやそういうわけでは、むしろ恐れ多さ指数で言えば、竜弦さんのほうがなんか危なそうだから高いような」
「危なそうってなんなんだ……」
「あの雰囲気全体ですかね?」


初対面で、心臓が止まるかと思った。
あんなドS漂うお医者様がいるんですね、この世に。
まだまだ3次元も捨てたもんじゃない。


「とにかく、精神的なハードルの問題ですよ!! 会長は会長です!!」
「雨竜って呼んでくれたら、お願いを聞いてあげようか」


そう来ましたか!?
ともかく、これはいい流れ。会長からお願いを聞いてくれるとは!!


「竜弦さんの誕生日、祝ってくれますか」
「……そうだね」
「よし」


解放された右腕で、スカートのポケットから、文明の利器を取り出す。
気分はネコ型ロボット!!


「その携帯はなんだ!?」
「竜弦さんにお電話ですよ」
「雨竜って呼ぶのが先じゃないのか!?」
「言わせ逃げは困りますから!!」
「第一、竜弦は病院にいるだろ!? 電話が繋がるわけ」
「ところが今日は繋がるんですよ。
電源入れて大丈夫な部屋にいらっしゃるんで」


ここまで言って、しまった、と気づいた。


「ちょっと待て、仕組んだのかまさか」


だってそうでもしないと、と言いかけて、口をつぐむ。


「………会長?怒ってます?」


顔が影になって、表情が読めない。


「言い出したのは、雛乃?」
「はい……折角の誕生日ですし……
その、お二人がどんなことがあって、今の関係になったのかなんてわからないからっ、どうしても嫌だったら」


頭に、会長の手が乗る。
続いた言葉は、いつもどおりの声音。


「別に、怒ってない。
雛乃が、僕と竜弦のことを考えて言ったのも理解する」


頭に乗せた手が、スライドするように、また右腕を取って。


「仕方ない、ほら、携帯かして」


と、いうことは。


「いいんですか?」
「その代わり、後で僕のこと雨竜って呼んでよ」
「は、はいっ……」


竜弦さんの番号を呼び出してから、会長に携帯を渡す。
3コールほどで、通話が繋がった音がした。


「…………もしもし、僕だけど」


ほんのり不機嫌そうな声で会話が始まる。


「要件? そんな大げさなことじゃない」


会長が特に意味なく眼鏡を上げる。
ああ、照れてますね。
不機嫌も、ただの照れ隠し。


「な、だったら切る!!」


待って、一体何があった今の一瞬で!!
竜弦さんの声が聞こえないから、前後関係がわからない。
とにかく切ったらダメですよ!?


「会長!! 本題本題っ!!」
「わ、わかってるさ!!」


ひとつ、これまた意味なく咳払いを挟む。


「っ……まあ、その、」


会長、頑張れ!!
息を詰めて、次の言葉を待つ。


「…………………………無理だ!!」


携帯が、突き返されてしまった。
え、私どうするべきなの!?
距離を取られてしまったから、返すことはできないし!?


「も、もしもし竜弦さん!? あの、しくじりました!!」


電話口から、小さくため息が聞こえたような。


「あの、もうちょっとだったんですけど」
『今さら気にするものか。まだマシなほうだ今年は』


去年までが、どれだけ酷かったんでしょうか。


「お、お誕生日おめでとうございます竜弦さん!!」


私からは、筋違いかもしれないけど。
そのとき、いつのまにか私の後ろにいた会長が、携帯をひょいとつまんだ。そして。


「彼女と、まったく同じ言葉を言っておく!!
僕の要件はそれだけだ!!」


返事も待たずに、通話を切断する親指の動き。


「……これでいいかい!?」


半分自棄になったように言う会長。
顔が真っ赤になっているのを、必死に両手で覆っている。


「いいと思いますよ、私は!!ツンデレの真骨頂!!」


竜弦さんも嬉しかった、はず。
自分の言葉じゃなかったけど、気持ちは伝わったんじゃないでしょうか。


「………そうか、それじゃあ」


会長のお顔が、変わりました。
手が取り払われて、赤みももう引いていて。
もしやこれは、私にいじわるするときのお顔ではないでしょうか。


「約束、覚えてるだろ」
「は、はは………い」
「竜弦のこと呼べるんだ、僕だって呼べるよね?」


忘れてなかった。
学年一位の頭脳が、数分前の出来事を忘れるはずなかった。


「雛乃」
「う………う、う」
「唸ってるだけじゃわかんないよ?」


Sは遺伝なんですか、そこんとこどうなんです竜弦さん!?

―――――――――

呼んで、と言っても、首を振るだけ。
懇願じみた視線で見上げても、絶対に離してあげない。
と、いつもならそうするところ。


「まあ大目にみようか……僕も雛乃を利用したようなものだし」


君がお願いしたから、君が先に祝いの言葉を口にしたから。
すべて君にかこつけて。
僕は結構、卑怯なのかもしれない。


「会長に利用されるなら本望です」


赤い顔のまま笑う彼女を、守りたい。
あいつから受け継いだ、最後の滅却師の誇りに懸けて。
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