つき指って痛いですね。
バレーボールというものは凶器になるのだと、今さっき初めて知りました。
6限の体育の授業が終わって、私が向かう先は保健室。剥離骨折の可能性を考慮だとかで、念には念を入れてという先生の指示です。


「失礼しまーす」


踏み入った真っ白空間に、保健の先生の姿はなく。
代わりに、誰か別の白衣の影が。化学の履修者とかかな?

ぱたん、と手元の救急箱を閉じて、白衣が振り向く。
ひらりと翻った白と、見間違えようのないその姿。


「ああ、やっぱり雛乃だったんだ、さっきの声」
「会長こそ、どうしたんです?」


右手の指に、包帯がぐるぐる巻かれている。
結構重傷に見えるけど、会長は痛そうな様子もなく、その手を振って見せた。


「実験をしてたんだけど、フラスコが破裂?って言ったらいいかな、急に割れて。
欠片の当たり所が悪くて、血がね」
「フラスコがパァン!? 本当に大丈夫ですか!?」
「パァンって……傷自体は深くないみたいだし平気だよ」


包帯に覆われた指が、眼鏡を上げる。
化学者みたいな、怪しげな佇まいが恐ろしいくらい似合っていて、非常に眼福。
ああ、実験されたいとか考えてごめんなさい。
あと、膨張色である白で全身包まれてもこれだけ細く見えるって、一体どんなマジックなんですかね!?

内心ニヤニヤしていたところ、自分の指の痛みで現実に引き戻される。
先生がいないし、セルフ処置か。


「会長、つき指ってどうしたら良いんですっけ」
「たしか……冷やして、真っ直ぐの状態で固定すればよかったはずだけど」
「あれ、あっためるんじゃないんですか?」
「それは内出血が止まってからだね」


さすが会長、完璧なお答え。
ケガの対処まで知ってらっしゃるなんて、女子力カンストしてますよホント。

利き手が使えないから仕方なく、慣れない逆の手で包帯と保冷剤を取って、じくじく痛む指にそえる。
綺麗に包帯が巻けなくて、あれこれ奮闘していたら。


「雛乃、貸してごらん」


私の手首と、包帯アンド保冷剤が会長の手に渡った。
少し腫れた指に保冷剤が当てられて、それがきっちり固定されていく。

その手つきがスムーズだからか、白衣(さらに眼鏡ですよ)を着ているせいか、会長がまるでお医者様みたいに見えてきた。
いえ、こんなお医者様が本当にいたら卒倒しますけど。


「はい、終わったよ。包帯、結構強めに結んだんだけど平気?」
「大丈夫、です」


今現在の脳内は大丈夫じゃないですが。
つくづく、会長がエスパーじゃなくて良かったと思う。


「……手首も怪我してないかい? 赤い」


さっき取られた手首は、まだ会長の手の中。


「バレーボールぶつけまくったからですかね」


会長が眉を顰めたから、みんなこんなもんですよーと付け足しておいた。
もうこれは宿命です。先生だって仕方ないって言ってた。


「それなら仕方ないけど、こっちも冷やしたほうがいいかな」


会長の、ぐるぐる巻きじゃないほうの指が腕をなぞる。


「少し、熱を持ってるみたいだし」


そのせいか、会長の体温が異様に意識されてしまう。
低血圧の人って体温が低いとかそうでないとか、そんな情報が頭を通過。


「へ、平気です、痛くないから」
「本当に?」
「本当ですよ!!」


会長を騙す勇気なんて、私にはない。
それに、こんな心配そうな顔をさせるなんてとんでもない。
その表情を可愛いと思う私もいるけど!!


「雛乃、あんまり無茶はしないようにね。授業の範疇でも、だ」
「善処します……」
「じゃあ、約束」


不意に、つき指をしていないほうの手も会長に取られた。
その手の小指と、会長の小指が"ゆびきり"の形に絡められて。


「別に針は飲ませないけど、破っちゃダメだよ」


煮上がった頬に、包帯の感触。会長の顔が近づいて、


「石田ー、荷物持ってきたぞー」


ドアが開く音と聞きなれない声に、会長が弾かれたように離れた。


「先生だ。残念……じゃあね、雛乃」


また白が翻って、会長が踵を返す。
先生となにやら話しているようだけど、その様子は部屋の奥にいる私には見えない。

残念、なんてずるいです会長。
保冷剤を顔に当てて、ひとまず落ち着こうと思った。


後書きのようなもの
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