ただいま空座第一高等学校2年生は、北の大地に修学旅行中です。 2年生の教室がある区画は、施錠されてひっそり。 なんだかホラゲーみたいで若干怖い。 漫研の先輩ももちろん不在で、部活の盛り上がりが物理的に半減している。 何より、何よりね。 会長が!! 学校に!! いらっしゃらないんですよね!! 会長がいない学校とか、ジャンプの発売がない月曜日に等しいんです。つらい。絶望。 日程は全4日、翌日は休みで、そのまま週末。 つまり、丸一週間会長なし。 初日っからこんな調子で大丈夫か、私。 自室の机の前で、ため息をつきながら、部誌の原稿に手をつけた。 作業に没頭すれば寂しくないかな、という短絡的な発想です。 資料用に撮った自撮り写真フォルダを漁りつつ、真っ白の紙に下書き用の青シャーペンを走らせる。 1ページ目の下書きを終えたその時、事件は起きた。 握ったケータイが震えて、写真を表示していたはずの画面が、電話の呼び出し状態に。 発信先は、 「会っっ長!?」 目の前のディスプレイには、たしかに電話の絵と『会長』の名前。 震える指で、『通話』のボタンを押した。 「もしもし、会長ですかっ?」 「そうだよ、こんな時間にごめんね、雛乃」 幻覚じゃなかった、ちゃんと会長だ。 こんばんは、と言い合ってから、会長が言葉を続ける。 「今自由時間で、することがないんだ。同室の人は、売店とかに行ってるし」 「暇潰しですね、お付きあいします!!」 「単にそんな理由じゃないよ? 君が今ごろ何してるのか、気になって……」 なんですか今の台詞は、少女漫画でしょうか!? 「げ、原稿描いてました」 私も会長が何してるのか気になってました、なんて言えなくて、ありのまま事実を伝える。 はい、少女漫画のヒロインにはなれません。 「そうか、邪魔だったかな」 「邪魔じゃないです、むしろお話ししたいです!!」 食い気味に発したら、会長が小さく笑った。 「じゃあ、しばらく話そうか」 「はい!!」 ―――――――――――――――― 修学旅行一日目のご感想、などなど。 そんなこんなを何分も話した後、そうだ、と会長が思い出したように切り出す。 「お土産のリクエスト、聞き損ねてたんだった。何が良い?」 北の大地、といえば。 やっぱり超有名な、ホワイトチョコ挟んだラングドシャだろうか。 いやいやあれは物産展でよく売ってる。 じゃあ超有名生チョコ? なんか現地限定の商品があったような。 それとも、某青鼻トナカイの地方限定ストラップ? いや、会長に買わせるのは申し訳ない…… 「まだ日数はあるから、ゆっくり決めるといいよ」 色々な物が駆け巡る私の頭の中を見透かしたように、会長が言う。 優しい声が、はっきり思考を定めた。 あぁ、そうだ。 ありました、欲しいお土産。 「会長がちゃんと、無事に帰ってきてください」 物欲には抗い難いけど、結局はこれだ。 悪いことが起こるなんて、考えたくもないけれど。 もっと言えば、会長が修学旅行を楽しんでくれるのが一番だけど、 「早く、会いたいです……」」 しまった、声に出してた。思うだけのつもりだったのに。 取り繕おうとして私が口を開くより先に、会長が呻いた。 「……雛乃」 「はい」 「あんまり、可愛いこと言うな」 「っ!?」 聞いたことがない雑な口調でそう呟いたきり、たっぷり1分近い沈黙。 その後、会長が上ずった声で告げた。 「今の、なかったことに」 「しませんよ!!」 「何でだ!? 頼むから記憶から抹消してくれないかな!?」 「いーやーでーすー」 普段翻弄されてばっかりなんだ、これくらい!! それに、口調が崩れるくらい動揺させられたことが、かなり嬉しかったりする。 「旅行では、知ってる人の知らない一面が覗けるって本当だったんですねー!!」 「こういう意味じゃないだろ!? とにかく忘れろ!!」 「また口調変わってますよー」 「ああもう……!!」 きっと今、真っ赤な顔を手で隠してるんだろうな。 想像したらめちゃめちゃ可愛い。 見られないのをいいことに存分にニヤニヤしていたら、深呼吸した会長が、すっかり普段通りのトーンに戻る。 「……祈っておいて、僕がちゃんと帰ってこられるようにさ」 「は、はい!! バス会社と航空会社に全力で加持祈祷を!!」 「そこまでしなくていいよ!?」 「ダメですよ!! 修学旅行でトラブルに遭って、目覚めたら異次元サバイバルなんて、よくあることですからね!?」 「君、今度は何を読んでるんだ……!?」 呆れと戸惑いが入り交じった声の後ろに、もうひとつ声が重なった。 あれ、今のは浅野先輩だ。名前の並びで同室なんだろうか。 なにやらその呼び掛けに返事をしたあと、再び電話口に会長が戻ってきた。 「ごめん、先生に呼ばれてるみたいだ……」 「お仕事お疲れ様です」 「ありがとう、じゃあ切るね。おやすみ、雛乃」 浅野先輩に気づかれないようにか、低い声で囁かれた名前。 人前と二人のときとで呼び方を変える癖は、私だけしか知らない。 切るね、と言いつつこっちが切るのを待っているようで、まだわずかに音が聞こえる。 「……大好き、です」 反応を待たずに、通話を切った。 名前を呼ばれた瞬間に覚えた、吐息が耳に触れたような錯覚。 そっと右耳を指でなぞってみたら、案の定熱い。 会長がこの場にいたらきっと、もっと翻弄されてたんだろう。 早く会いたい、と思いながら、今いなくてよかったとも思ってしまった。 オマケ 「石田ー、誰と電話してたんだよっ」 「浅野君には関係ないだろ」 「顔見ればフツーわかるでしょ、バカなの?」 「あー……把握した」 「な、なんなんだ浅野君も小島君も、その生ぬるい笑顔……」 |