体育大会とか、インドア人間には地獄の行事だと思いませんか。

早く走れる訳でなし、迷惑をかけることが確定している私は当然、リレーやナントカm走といった、いわばガチダッシュ種目を回避して、リレーはリレーでも障害物リレー選手の座を無事獲得。
アンカーにはなったけど、1位を獲れなくても大丈夫だろう。だって、障害物リレーだし(失礼)。

そんな穏やかな気持ちで、
入場行進で校旗を持ってる会長やら、
開会式で挨拶している会長やら、
なぜか黒崎先輩と二人三脚してる(当然超ケンカしてました)会長やら、
まあとにかく会長を観察することに集中してたんです。
1回目が合ったときにこっそり手を振ってくれたのがかなり嬉しかった。

競技のほうも、午前の部時点で私のクラスが学年1位。
2位との点差はそんなにないけれど、このままいけば学年優勝。
午後は一種目目が障害物リレー、あとはガチダッシュ種目の決勝が目白押し。
配点はガチダッシュ種目がメインだろうし、先述のとおりそんなに気負ってなかったんですよ。


朝礼台に立った先生が、
「一発逆転もできるように、障害物リレー1位のクラスの得点を50点にした」
……そうおっしゃってくれやがるまでは。


現在障害物リレー選手の待機する入場門、というか運動場全体は阿鼻叫喚。
当たり前だよ、50点って言ったら、スウェーデンリレーの1位と同じ配点だ。
私と同じように脚が遅いからこの種目選んだ人もいるだろうに!!
何考えてるんだ空座一高の教師陣は!?
校長先生のノリが伝染したのかな!?

体育委員は初めから知っていたのか、顔色ひとつ変えずに、無情にも私たちを誘導していく。
やばい、スタートラインがクラス座席のまん前とか聞いてない。
そこ「アンカー大事だからねー!!」とかやめて!!
春田雛乃のライフは、もうゼロどころかマイナスよ!!

一気に心拍数が上がってきて、慣れたはずの号砲にチキンハートが飛び跳ねる。
おおよそ障害物リレーとは思えない鬼気迫る表情で、第一走者がスタートした。
ただしやっていることは、ズダ袋に脚を入れてピョンピョン進む、という行為であるため、正直どえらくシュール。
僅差の2位で、第二走者へ。
平均台を信じられない速度で通過して、1位に躍り出た我がクラス。
頼む、このままの流れで、4番目の私まで!!


世の中、そんなに甘くなかったです。
三つ目の種目、テニスラケットの上にボールを乗せて運ぶ。
これがまったく上手くいかなくて、なんと最下位に。
半泣きでタスキを渡してきた第三走者の子に、大丈夫、とだけ言って走り出す。
その実まったく大丈夫じゃない、怒鳴り声に近しい応援が怖い。


で、誰だ、最終種目を借り物競争なんていう、まったく運任せのシロモノにしたのは!?
幸いまだ誰も物をゲットできていないようで、ボールよこせだの傘かしてだの、必死の叫びが聞こえる。
レーンに残された、借り物を書いた紙はわずかに二枚。
迷っているヒマなんてない。
ほんの少し近いほうの紙をつかみとって、破かんばかりの勢いで開く。
そこにある物の名を理解した瞬間、脇目もふらずに本部席に駆け出した。

実況席の真横、記録係。
この競技の記録係だけは、はっきり覚えている。


「かいっっっちょおーーーーー!!!!
眼鏡かしてください眼鏡ぇーーーーー!!!!」


ボードを持ったまま軽く硬直している会長に、右手を差し出した。


「クラス優勝がかかってましてホントないと困るんです会長お願いします会長」
「わかったから、まばたきと息継ぎしようか!?」


ほら、という声と同時に、掌に金属の感触。
見慣れた、会長の眼鏡だ。


「ありがとうございますちゃんと返します!!」


返事すら聞かずに、チェック係のもとへ猛ダッシュ。
ボールを持った人をギリギリで追い抜いて、係に紙と眼鏡を突き出す。

パアン、とゴールを示す号砲と、私のスタート地点から上がる大歓声。
実況を聞いてようやく実感がわいて、膝から崩れおちた。
よかった、勝てたんだ。
次々色々なものを手にゴールしてくる皆を見ながら、息を整える。
部活友達が持っているのは、見間違いでなければカツラだ。
他には、人を連れてきている選手もちらほら。
ひょっとすると私、比較的簡単な紙を引けたのかも?

どうにか全員競技を終えた後、座席に向かう人波に逆らって、会長のもとに向かう。
よくよく考えたら、記録係から眼鏡を奪って大丈夫だったのかな。


「かーいちょう」


仕事を終えて、水を飲んでいた会長に声をかけた。
いえ、喉の動きに尋常じゃなくドキドキしたとかそんな不埒なことは無い、はずです。


「春田さんか、お帰り」


周りに人がいるから、名前呼びじゃないのが残念だ。


「大逆転だったみたいだね、お疲れ様」
「見ててくれました?」
「あー……見てたけど、見えてなかった、かな……」


やっぱり!!


「ごめんなさい会長ーー!!
記録の仕事は大丈夫でしたか!?」
「それはまあね。実況を聞いていればなんとか」
「ほんとごめんなさい……」
「仕方ないよ、君を見られなかったのは残念だけど」


優しい上に、さらりと照れるような一言。
黒崎先輩とケンカしてた人と同一人物とは思えない。


「私はきっちり会長見てましたよー」
「可能なら忘れてほしいな、特に二人三脚」


ひきつった表情の会長の、眼鏡を掛けていない顔をじっとみつめてみる。
なんというかすごく、色っぽいというか、大人びてる。


「……どうしたの?」
「あ、眼鏡、返します」


もう少し見ていたいのと、心臓に悪いから回避したいのとが混在して、結局後者が勝った。


「ありがとう、これでよく見える」
「実際どれくらい視力悪いんですか?」
「さっきまで君もぼやけてたくらい」
「それ相当ですよね!?」
「昔からだからなぁ……一般の基準がわからない。
でも眼鏡さえあれば、」


会長の唇の端が、ほんの少しだけ上がる。
これは、この顔は、


「こうして照れてる君の顔も、ちゃんと見られるわけだし」


やっぱり、こういうことを言うときの顔だ。


「そそそそういえば!!
もう一枚の紙って何が書かれてたか知ってます!?」


あからさまに話題を変えても、会長は笑みを浮かべたまま。


「知ってるよ。不正がないように、体育委員会と生徒会で一覧化してるから」
「なんだったんですかっ?」
「教えようか?」
「是非」


なぜか、さらに笑顔が綺麗になる会長。
今度は理由がさっぱりわからない。
弧を描いた唇から、予想外の言葉が飛び出した。


「好きな人」
「…………はい?」
「好きな人。もっとも、“好き”をどう解釈するかは拾った人次第だけど」
「よく先生が止めなかったですね!?
というか会長は!?」
「恒例なんだってさ。
そう言われると、反対し辛くて」


なんだその漫画みたいな話!!
心底、眼鏡カード拾ってよかった!!


「リアルでそれは公開処刑ですよ……」
「もし引いてたら、どうするつもりだった?」
「えー……無難に友達を連れてった、かも」



現場で混乱していたら、どう振る舞ったかはわからないけど。


「僕は別に、連れて行かれてもいいけど」


ああ、これまた、解釈に困る台詞を。


「は、恥ずかしいです、というか、全校にバレてもいいんですか」
「春田さんは、バレると困る?」
「困らないですよ!? もちろん!!」
「そう、よかった。
……まあ本当にバレるのは、色々と大変なことになりそうだから、そういう点では困るかもしれないね」
「会長のファンクラブとか暴動しそうですね」
「……存在を知りたくなかったな、それ」
「女子の井上先輩、男子の会長〜って、二大派閥みたいなとこありますよ?」
「冗談だろ……」


眉間を押さえる会長は、本当に存在を知らなかったらしい。
私も非会員だから、詳しくは知らない。
……というか会員だったら、今頃抜け駆けの罪で血祭りにあげられてる。


「会長、かっこいいから自覚してください」
「自覚って、君こそ」
「え、私ですか?」
「本部に近い席に、ちらほら君をそういう目で見てる奴がいた」


マジですか、と、思わず近くの席を見てしまう。


「……やっぱり、もう片方の"借り物"、引いてもらうべきだったな。
そうしたら、いい牽制になったのに」
「牽制しなくても、私移り気なんてしませんから!!」
「わかってるけど、視線自体が気にくわない」


わかりやすく嫉妬している会長、可愛い。
うっかり笑顔になってしまって、少し戸惑った顔をされた。


「ど、どうしたんだい?」
「会長、私のこと結構好きですよね」
「結構じゃないよ、低く見積もられちゃ困る」
「……へへ」


とうに走り終わったのに、顔がいつまでも熱い。
赤くなっているのが、日焼けで目立たないことに感謝します。
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