「真子ー」
「なんや由里果ー?」
「なんや、じゃなくてさ、教科書返して」
「嫌ですぅー」


ベッドを我が物顔に占領しつつ、数学の教科書をパラパラめくっていく真子。
それ、ホントに読んでるの?


「テスト勉強したいからさ、返して」
「……しゃーないなァ。ホレ」
「ありがとうございます?」


なぜ私はお礼を!?
どことなく不満げな真子を尻目に、勉強再開。


「…………」
「おーい、手ェ止まってんでェ」
「し、仕方ないじゃん…」


一行目から、さっぱりわかりません。
そもそも、霊術院の頃から数字及び数学というものは大嫌いなんだ。


「シータってなんですか…」
「アレやろ、『親方、空から女の子が!!』っちゅーやつ」
「それ違うシータ!!」


いつの間にそんな知識をゲットしてたの、この人。
この百年間、思ってたより現世を満喫してたのかもしれない。

かくいう私も、現世の『学生生活』とやらが気に入り、真子はじめ仲間の半数以上が尸魂界に戻った今も、空座高校に居座っているのだけれど。

ベッドから降りた真子が、私の肩に顎を乗せて(痛いです)手元を覗く。


「なァ、どーせわからんねやったら、休んだらどないや?」
「そういうわけには、」


いかない、と言い切れず、真子の指が私の手から鉛筆を離す。
高校生でエンピツて、と呆れたような呟きが聞こえた。


「そこはフツー、シャーペンやろ。
今時、うっかりしたら小学生でもつこてへんでエンピツ」
「試したけど、細すぎて使い辛いの!
ほら、霊術院の頃ってまだまだ毛筆全盛期だったし」
「あー、確かにな」


気づくと、両手を綺麗に封じられていた。
ご丁寧にと言うべきか、いわゆる『恋人繋ぎ』のかたちで。
真子の頭は、私の頭の上に。


「勉強できない……」
「由里果、ゴチャゴチャ言うとらんと休み。隊長命令なー、コレ」
「職権濫用……というか部下じゃないけど」
「元でも部下は部下や」


めちゃくちゃな理屈を吐いた後、繋いだままの手が、下まぶたをなぞる。


「真っ黒やで、気ィ付いてるか知らんけどな。
マトモに寝てへんねやろ?霊術院の頃から、試験前はいっつもそうや」


ため息と懐古のまじった声。
そういえば、そんなだったなぁ私。


「覚えとるか?卒業試験の前日、消灯時間過ぎてから鬼道の練習しとって、危うく受験資格剥奪されそうになったん」
「あー……」
「アレはびびったわァ、『赤火砲』で壁崩してんから」


やめてください、黒歴史を掘り起こさないで。
正直、留年か退学だと思ってたから、卒業できてびっくりだった。


「って、どっからこの話になってん」
「話そらしたの真子だからね?」
「せやな……あァ、昔っから試験前の由里果は寝不足さんやってとこからや」


ただでさえ頭頂部に食い込み気味だった頭に体重がかけられて、そこに巻き込まれた髪が変な音を立てる。
あんな、と拗ねと怒りの中間くらいのトーンで真子が切り出した。


「彼氏に会うっちゅーのに、寝不足ヅラてなんやねん!!
おまけに、なんや愛想ないし!!」
「ご、ごめん……」
「こっちゃぁ約半年、寂しかってんぞ!?
そりゃ副官はべっぴんやけど、それとこれとは別やし!?」


思いっ切り余計な情報をはさみつつ、なおもお小言(?)は続く。


「あれか、今更オレに会うのに気ィ使わんでエエとか、そういうアレか!?確かになんやかんや二百年近い仲やけど……」
「真子、あの、なんかとにかくごめん」
「許してほしかったら、今すぐ睡眠学習や」


わけがわかりません。要するに、『寝ろ』と。


「平子先生の特別授業やでー、教室こっちですよー」
「真子むだにノリノリだ……」


指がほどかれたかと思うと、瞬間で抱きかかえられ、教室……もといベッドに投げ出された。


「授業内容はカンタン、サクッと夢の世界に行くだけー」


ベッドの横の床に膝立ちして、私の顔を見下ろす真子。
ほんの少しだけ、金髪があたってくすぐったい。


「……センセー」
「なんですかー、神崎由里果くん」
「この授業は必修ですか」
「あったりまえや、これ以上グダグダ言うとったら」


眼前にかざされた、大きな手の平。
これは完全に、真子お得意の『タンマ落とし』の構えだ。


「自分から寝んのと、どっちが」
「寝ます!!」


そう告げると、真子がニヤリと笑って、二つ折りになっていた掛け布団をかけてくれた。


「そんじゃ、睡眠学習スタートや。……おやすみ、由里果」


額にひとつ、唇が落とされる。

今のは、卑怯だ。
甘い声で「お休み」なんて言った後、キスなんて。
ここまでの行動だって、私を休ませたいだけだったんだろう。

今度、また半年後かもしれないけれど、会うときには、可能な限りかわいくしよう。愛想も良くしよう。

とりあえず、そのことだけは睡眠学習で記憶しておく。


睡眠学習
しもた、結構ヒマやコレ
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