もそもそ。
ばきん。
じゃりっ。


「……桃ちゃん」
「……はい、由里果さん」
「よし、クッキーを魂葬しよう」
「ままま待ってください!!」


失敗作が乗ったお皿を、ゴミ箱に向けて傾けたところを止められた。


「お、お茶やシロップに浸せばなんとかなりますよ!! あと、アイスに添えるとかっ……
それから、ええと……ええ、と……」


フォローの言葉が尻すぼみになっていくのが申し訳ない。
うん、正直、なんとかならないと私も思う。
3種類少量ずつ作ったクッキーが、なんかモソモソ、なんか硬い、グラニュー糖がそのまま残りまくりと、それぞれ悲惨な出来になってしまった。
味は悪くないはずなのに、食感がすべてをぶち壊しにしている。
クッキーの名人・桃ちゃんにレシピを教わったというのに!!


「次は私も横で監督しますから!! めげずにいきましょう!!」
「ありがとう桃ちゃん……でもまず、これほんとにどうしよう……」


何しろ、隊舎の炊事場を占拠しているから、はやく片付けないといけない。
生地を焼いている間に洗い物は済ませてあるから、撤退作業自体は簡単なんだけども。
哀れな失敗作たちの処分が問題である。
桃ちゃんの提案どおりに食べるにしても、正直限界ってものもあるわけで。
ううん、と唸ったところに、後ろに立つ人の気配。


「なんや、2人でコソコソお料理教室か?」
「た、隊長!!」
「……うげ」
「おいコラ、うげってなんやねん、仮にも上司やで、隊長サマやで」


手刀が頭に振り下ろされて、また「うげっ」と声が出た。
色気ないのォと少々理不尽なぼやきを受けつつ、クッキーへと伸びていく真子の手を掴んで止める。


「……なんやねん、そない必死の形相で」
「それ失敗作だから、食べないほうが身のためだから!!」
「身のためて大げさやなァ、そこまで言われたら逆に気になるやんけ」


掴み損ねていたほうの手が、残酷にもクッキーを取った!!
しかも、1番酷いと自負している、モソモソのやつを!!
真子は、終始無言でそれを飲み込んだ。


「…………」
「……なんか言って!!」
「口ん中パッサパサで喋られへんわ……!!」
「だから忠告したのにー!!」


水を飲ませて、ようやく感想……というか、質問をもらう。


「これ由里果が作ったんか……?」
「そうですとも!!」
「フツーの料理は出来る方やのに、なんでこんな事故起きとんねん……!?」
「お、お菓子作りと料理の能力は別なんですよ、隊長!!」


桃ちゃんの弁護に、そうだそうだと横で頷いた。
……私の場合、それが極端すぎる気がするけど。
真子は、「拳西もそんなこと言うとったなァ」ととりあえず納得してくれたらしい。


「ところで由里果、コレ誰に渡すんや」
「え、なんで?」
「なんでて、今日バレンタインやろ」
「……これは単なるお菓子作りです」


言えない、事故を起こさなかったら、真子に渡すつもりだったとは。
いや、もう渡っちゃってるけど。
これもこれで事故なんだけど。


「なんでいきなり敬語やねん、あとなんでビミョーに視線反らすねん」
「なんでもないです」
「……まあええわ、どうせ捨てるんやったら貰うでコレ」
「え、ちょっと」


既に真子は、そのへんに広がっていたクッキングシートを器用に使って、クッキーを回収しだしている。
紙からこぼれそうな分は、口に運んで。
硬そうな音がしたり、砂みたいな音がしたり……申し訳ないし、なんか惨めになってきた。


「無理しなくていいから!! なんかこう、こっちでテキトーに食べちゃうから!!」
「オレが食べても一緒やろ?」
「そうじゃないってー……」
「他のヤツに食わすモンちゃうし。ほななー」
「話聞いて!?」


止めるもむなしく、よっこらせとキッチンペーパーの包みを抱えて、真子は炊事場をあとにしてしまった。
まさかあれ、一人で食べきるつもりなんだろうか。


「意味わからないんだけど……」
「そうですか?」
「桃ちゃんはなんか理解できたの!?」
「はい。でも、そこは由里果さんが自力でわからないとダメなので、教えませんよ」
「ええー……?」


ふふ、と笑う桃ちゃんと一緒に片付けをして、家路について。
『後で金は払うから、アイス買うてきてくれ』と伝令神機に悲壮なメッセージが届いたのは、その道中でしたとさ。




おいしい事故処理班
真子の家についたら、真意を問いただそうと思います。

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