問一、なぜ神崎由里果は授業に集中できないのか。
また、なぜ神崎由里果の制服はブカブカサイズなのか。
理由を簡潔に述べよ。

答、


「神崎サン、ちゃんと聞いてますー?」


目の前で授業をしている、エセ化学教師のせいである。


事の始まりは1週間前。
私に『霊術院の改革計画、及び今後の現世派遣活動に役立てるため、現世の学校について調査してこいや(大意)』という指令がされた。
学用品は喜助さんの所、つまり現世での活動拠点でもある浦原商店で揃えておいてくれるらしい。

やった、喜助さんに会えるじゃん。死神代行ご一行の皆にも会えるし。
よし、数百年ぶりの学生生活エンジョイしてやろう!!

…………とか思ってたんですよ。ええ。平和に終わるわけがなかった。

まず、喜助さんから渡された制服を着てみたら、ものっすごくサイズが合っておらず。


「いやぁスミマセン、それしか準備できなかったんスよー」


って絶対嘘だよね、ただの趣味だよねこれ!?
なんだか、妙にいやらしい感じになってしまっている気がする。首もとの開き加減とか特に。
ニヤニヤしちゃって、覚えてろ変態ストライプ駄菓子屋店主。

これだけならまだよかったんだよ?

なんと、喜助さんが駄菓子屋店主から教師にジョブチェンジしました。

私が転入生として紹介された後、臨時の先生も来たぞーって越知先生が言って、開かれたドア。


「えー、今日から皆さんと勉強します、浦原喜助っス。アタ……ボクの担当は化学っス」


絶句。
横の席の一護君の顔がひきつっているのが見える。
茶渡君、石田君、織姫ちゃんも似たような反応。
一体どうやって記憶置換をしたのか、彼が浦原商店店主だと気づく人は、私たち以外にいないらしく。


「どーいうつもりっ!? 喜助さん!!」


昼休み、人のいない化学講義室で思い切り詰め寄った。
いわゆる、壁ドンの体勢なんだけども。


「どーいうって言われましても……アナタが心配で」
「調査くらいできるけど?」
「だって!! 男子高校生の群に可愛い由里果サンを1人で放り込むなんて、飢えた野獣の前にウサギを差し出すに等しいじゃないっスか!?」


アンタは何を言ってるのかな!?
謝れ、全国の男子高校生に謝れ!! アンタのほうが変態な癖に!!


「見張ってないとダメでしょ? ね?」
「ね、じゃないから!! こんなこと尸魂界に無断でやって、どうなっても知らないからね!?」
「あら、アタシの心配してくれるんで?」


駄目だ、話が通じそうもない。


「〜〜〜〜とにかく!! 学校では『先生と生徒』だからね!! わかった!?」
「それはつまり、」
「イチャイチャとか禁止」


まるで死刑宣告されたような表情になったんだけど、一体この人は何を考えていたのか、聞くのも恐ろしい。
世間体とか色々あるし、何より調査の邪魔をされちゃ困るんです。


「わかった? 浦原先生」
「……今のもう1回」


ニヤニヤを隠そうともしない喜助さんに、とりあえず平手をひとつプレゼントした。


――――――――――――――――――――――

教師としての喜助さんは、非常に優秀。
元から知識がある上に、それを噛み砕いて説明するスキルも、店長として培った話術と相まってかなりのもの。
生徒のウケも良いみたいで、休み時間はいつも人に囲まれてる。
ただし、ほぼ女子だけど。

まあ仕方ないよね、頭がいい、ルックスもいい、さらに声も、とくれば魅力的でしょうよ。


「浦原せんせー、彼女とかいるの?」


お約束の質問来ました。
お弁当(テッサイさん作)をつつきながら、耳を傾ける。


「さあ、どう思います?」


年齢をはぐらかす女子かアンタは。


「えー、いるの? いないの?」


いますよー、この教室に。あなたの数メートル後ろに。
横目で様子を伺ってる不審者がそうですよー。


「いないなら、私とかどうかな?」


おお、予想以上にお約束展開だ。
あ、腕組んだ。


「あの……神崎さん」
「ん? どうしたの織姫ちゃん」
「ジュース、つぶれてるよ」


手にしていた紙パックが綺麗なくの字になって、薄ピンクのいちごミルクが無残なことになっていた。
手がほんのりベタベタするし、だぼだぼの袖にも染みてるし、甘ったるい香りにむせそう。


「うわ、ごめんね」
「ううん、早く拭いたほうがいいよ!!」


織姫ちゃんの取り出した、よくわからない生き物柄のポケットティッシュを借りて、甘い液体を回収。ああ、私の百十円が。


「そんな年上でもなさそうだしさぁ、結構尽くすよー?」


残念、年上だよ何百歳も。
尽くすって、メイド服とか用意されちゃうよ、知らないよ?

なんにも、わかってない癖に。
喜助さんと付き合うってことは、何ヶ月も連絡どころか生存確認すらできなかったり、真意のわかんない笑みや言葉に惑わされたり、そんなのもセットなんだよ。

頭がいいけど、天才すぎて何考えてるのか理解できなくて劣等感だらけになるし、
かっこいいけど、普段は無精髭とかあって胸元も開いてて、ちょっとだらしないし、
声だって、私といるときはもっともっと優しいんだ。

気づいたら、教壇の前に歩み寄っていた。


「浦原先生」
「……はぁい、神崎サン?」
「放課後、質問しに行ってもかまいませんか」


敬語なんて、部下だったころ以来だから変なかんじ。


「わっかりました、お待ちしてますねー」


へらりと笑って、いつものように軽い返事。
女子が、邪魔だと言わんばかりの視線を向けてきたけど、私からしたらあなた達が邪魔なの。
どうやら、私は意外と許容範囲が狭いみたい。

――――――――――――――――――――――

いざ放課後、化学講義室。
終礼の直後に走ってきたからか、まだ喜助さんはいない。
うっすら寒い部屋の中を、椅子に座って見渡す。
十二番隊の実験室よりずっと狭いけど、置いてあるのは似たようなものばかりだから、なんとなく安心できる。

そうして、十五分くらい経ったころ。


「お待たせしましたー、由里果サン」
「いえ、そんなに待ってないですよ浦原先生」


二人きりなのに名前を呼ばないのは意地悪、というか八つ当たり。


「……由里果サン?」


案の定、寂しそうな顔をする。
なんともいえず罪悪感が生まれて、謝りたくなるけど、今はムリ。

なんで、彼女がいるってはっきり言わなかったの。
名前を出せといわれたわけでもないんだから、存在くらい。
なんだか、私が喜助さんの彼女じゃないみたいだ。
学校ではベタベタするなとか言っておきながら、我侭だとは思うけど。


「浦原先生には、彼女がいるんですよね?」


何コレ、不倫を迫ってるみたい。
でも他に言い方なんか考えつかない。


「ええ、いますよ? とっても可愛い、ヤキモチやきの彼女が」


座ったままの私を、包むように抱きしめる喜助さん。
浦原商店のにおいと、学校のにおいと、何より安心できる喜助さんのにおいがする。


「不安でした? アタシは由里果サンしか見てないっスから、大丈夫ですよ」
「喜助さんは、私のだよ」
「ええ、そのつもりっス」


かがんだ喜助さんが、私のほっぺたに唇を落とす。


「今唇にしちゃうと、たぶん我慢できないんで」


ほら、やっぱり変態。かっこよくなんて終わらないんだから。


「喜助さん」
「なんスか?」
「私を心配して教師にまでなっちゃった気持ち、今ならわかるよ」


大好きな人が異性に囲まれてるなんて、心臓に悪いもん。
そう言ったら、喜助さんは微笑んだ。


「ね? 見張ってないと」
「喜助さんはちょっとやりすぎだけどね」
「えー、仕方ないでしょう? それに、正直に言いますと、学校でこういうことしてみたかったんスよね」


そっちがメインなんじゃないの、と思ったけど、笑顔を見ていたらどうでも良くなってしまった。


店長は化学教師?
浦原先生はみんなのもの、喜助さんは私のもの
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