久々に、枕から頭が上がらないくらいに体調を崩した。
頭痛やら目眩やらで、意識が朦朧とする。


「最近忙しかったですし、無理が祟りましたねぇ。
ま、今日明日くらいはゆっくり寝てましょう」


喜助さんが、体温計を持って言った。
眉をひそめるのが見えたから、やっぱりかなり高熱なんだろうな。


「由里果サン、何か食べたいものとかあります?」


食欲がないから、何も口にできる気がしない。
首を小さく横に振って、返事をした。
栄養を取らないとまずいのはわかっているんだけど。


「うーん……栄養ゼリーとかそういうのもダメっスか?
ダメならせめて、スポーツドリンクとか」


ああ、スポーツドリンクか。それなら飲めるかもしれない。
軽く頷いたら、布団の横に座っていた喜助さんが腰を浮かせた。


「そんじゃ、ちょっと待っててくださいね。
1階から取ってきますんで」


みしり、と畳に体重がかかる音がする。
視界の端で揺れた深い緑色を、反射的に掴まえた。


「由里果サン? どうしたんスか?」


喜助さんの声が、柔らかく問う。
自分でも、どうしてこんなことをしたのかはわからない。
熱が出ると人恋しくなるっていうし、そういうことなのかな。
ただ、喜助さんに離れてほしくないって思ったんだ。


「離してくれないと、飲み物取りに行けないっスよ?」
「や、だ、行かないで」
「そりゃアタシだって置いてきぼりにはしたくないっスけど……
ちゃんと栄養取らないと、しんどいままですよ?」


あやすように、諭すように、 頭を撫でる手のひら。
熱い額に、ほんのり冷えた指が心地よくて、このままずっとそうしていてほしい。


「じゃあ、こうしましょ。
今から1度、必要な物を取ってきたら、そこからはアナタが満足するまでずーっと傍にいます」
「ずっと……?」
「えぇ、ずーっと、ですよ」


繰り返される言葉に、不思議と心が落ち着いた。
握りしめていた服を、そっと離す。
代わりに、喜助さんの指が、私の指にからまる。


「不謹慎ながら、可愛いっスねぇ由里果サン」


無精髭が私の顎をかすめて、一瞬だけ唇が重なった。
伝染るんじゃない、と掠れた声で尋ねてみたら。


「別にウィルス性の体調不良じゃないですし、大丈夫っスよ。
第一、他人の心配してる場合じゃありませんからねアナタ」


そうだ本来の用事っスよ。
と言って、わたわたと立ち上がった喜助さんを、横目で見送った。


たまには
しんどいのは嫌だけど、喜助さんに甘やかされるのはいいな、なんて。
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