「あれ、喜助さんってタバコ吸うっけ?」


寝つけなくて縁側に出たら、喜助さんの姿。
寝る直前なのか、寝間着にしている浴衣姿にいつもの羽織で、帽子ももちろん被っていない。
何より普段と違うのは、その手の中の煙管。
思わず尋ねてみると、振り返った喜助さんが、紫煙を吐き出しながら答えた。


「習慣ってほどじゃないんスけどね。たまーに、っス」
「そうなんだ、知らなかった」
「由里果サンが嫌ならやめますよ?」


嫌、というのは匂いとか煙とかそういうのだろうか。
たしかに煙草の匂いはあまり好きじゃないけど、発生源が喜助さんなら許せてしまう。
だから、別にいいよ、と返した。


「そっスか。ウルルとか、猫状態の夜一サンとかは嫌がるんスけど……
あとテッサイサンも、服に匂いがしみつくって渋い顔しますし」


なるほど、だから夜中にこっそり吸ってるんだ。
喫煙者に風当たりの厳しい風潮の余波が、まさかこんな身近に来ていたとは。

苦笑しながら、隣に腰かけて、夜空に消えていく煙を眺める。
しばらくしてそれに飽きたから、ちらりと喜助さんの横顔を見てみれば、通った鼻筋が月明かりに青白く浮かんでいた。
少し伏せられた目も、煙管を持つ指も、色気に満ちていて。
時折聞こえる吐息に、なんだか厭らしい想像を掻き立てられるのを、必死に抑えつけた。

何考えてるの、私ってば。
ああでも、煙を吐くたびに動く唇が、綺麗。
いつもあの唇に、キスされてるんだ。
キス、されたい、今。


「……どうかしました? 由里果サン」


声をかけられて、我に返る。
私のほうに向けられる流し目が、心臓に悪い。


「ずーっとアタシのほう、見てたみたいっスけど」
「み、てない」
「ごまかしてもダメっスよ?
視線突き刺さってましたからね、特に」


喜助さんの人指し指が、自分の口をなぞった。
その両端が、つり上がる。


「この辺り。一体全体、何を想像してたんで?」


言える訳がないじゃない、そんな。
顔を反らすと、あ、と残念そうな声がした。


「どうしてそっぽ向いちゃうんスか……」


かたり、煙管を灰皿に乗せる音。
自由になった片手が私の頬を捕らえて、また真正面から向き合わされる。
もう片腕が、逃げようとした腰に回る。


「喜助、さん」
「キス、してほしかったんスよねぇ?」


ニヤニヤしながら、親指で私の唇をなぞる喜助さん。
また薬品でもいじっていたのか、少し荒れた部分が引っかかる感触に、肩が跳ねた。


「どうなんスか、由里果サン」
「そ、それは」
「というか、アタシがしたいんでしちゃいますね」


聞く耳持たないし、反論する間もくれない。
言葉が全部、少し苦い味の舌にからめ取られていく。
覆い被さってくる羽織から、タバコ独特の匂いがして、頭もくらくらする。

いつもと違う雰囲気のせい、だろうか。
苦味が、煙が、まるで毒みたいに私を狂わせていく。


「っ、きすけさ、」
「ごめん、不味かったっスか?」
「ちがう、」


興奮してしまった、なんて口にすれば、いったい何をされるのか考えたくもない。
別の意味で、まずい。


「嫌じゃない、けど、心臓に悪い」
「そうみたいっスねぇ、ものすごくドキドキしてるの、丸聞こえですから」


からかうように笑いながら、また軽く口づけられる。
抱きすくめられた腕の中で、肺がタバコの匂いに満たされて。
副流煙のほうが健康に悪いだかなんだか、そんなことが頭を過ったけれど、この瞬間の幸せには変えられそうもない。


最高に不健全な幸せを
ALICE+