「副隊長の誕生日って、6月9日じゃなかったんですか」


という人生何回目かわからねぇ言葉を、密かに気になっている部下から言われたとしよう。


「顔の刺青、そういう意味かと思ってたんですが」
「それはアレか、俺が一年中誕生日を主張してるイテェ奴に見えてたってことか!?」


執務室で大声を出しても、しょうがねぇってもんじゃないだろうか。


「まったく違うからな……? これは」
「申し訳ありません、もう行かないと」


失礼しました、とあっさり出て行く神崎を見送る俺の表情は、一体どんなだったのか。
最近現世じゃああいうのを"塩対応"って呼ぶらしいが、ありゃ塩は塩でも、傷口に塗りこまれるタイプのやつだ。
磨かれた机に映る自分の顔、頬には見慣れた刺青。


「これが悪ィ……のか?」


無意識に、その角ばった二文字を指でなぞっていた。

―――――――――――――――――――――――

翌日。
卓上の万年カレンダーが示す日付は、8月14日。
現在の時刻は午後9時、つまり俺は残業中。
目を通すべき書類を大方片付けて、盛大に溜め息をついた。
別に、残業が不満なわけじゃない。俺は副隊長なんだ、誕生日だからって休むわけにはいかないし。
不満があるとすれば、ひとつ。


「アイツ……結局ちゃんとした俺の誕生日知らねぇのか」


それこそ一年中主張しときゃ良かったか、と自嘲的な笑いがもれる。
別に付き合っているわけでもない、ただの上司の誕生日なんか、知らなくて当たり前。
気になっているといっても、今のところ俺の一方的な感情で。
むこうは本当に、『副隊長』以上の何者としても俺を捉えていない。


「……帰る、か」


無意味に回転させていた椅子を止めて、立ち上がったその時。
弱々しいノックの音が響いた。普通に拳で叩いているわけではないらしい。
変に思いながらも、入っていいぞ、と声をかけたが、扉は開かれない。


「……申し訳ありません、開けていただけますか」
「神崎!?」


とうに帰ったとばかり。
跳ねるように立ち上がって、扉を開く。
するとそこには、


「お前どうしたその荷物っ!?」


段ボールを縦にふたつ積んだ状態で持つ、神崎の姿。
ひとまず、上の一つを受け取った。
特に封がされているわけでもなく、不可抗力で中身が見える。
ピンクやら薄い水色やらの袋で包まれた、結構な数の何か。


「女性隊士からのプレゼントだそうですよ。預かりました」
「預かったって、この量……どこでだよ」
「帰りに、松本副隊長につかま……お誘いされて、お酒を飲んでたら」


今こいつ、捕まったって言いかけなかったか。
それはともかく、呑んでいたらどこからか神崎が九番隊所属だと聞いた奴が集まり、あれよあれよと言う間にこれだけのプレゼントが預けられていたらしい。


「受け付けてない、とは言ったんですが、すみません」
「お前が謝ることじゃないだろ。なんつーか、こっちこそ悪い」


労いの意味で肩をたたく。神崎が俺の触れた箇所を押さえた瞬間、しまったと思った。
これ、もしかしてセクハラになるのか!?


「わ、悪い!! つい他の奴と同じ感覚で!!」
「……別に、嫌ではないですけど」


なおも肩をさわりながら、神崎が呟く。


「副隊長、こちらこそ謝ることがあるんです」
「お前が? 俺に?」


はい、と頷く表情は真剣そのもの。
なんとなく長話の気配を感じたから、とりあえず椅子をすすめた。


「……松本副隊長から、檜佐木副隊長の刺青の意味、お聞きしました」
「乱菊さんから……あー、ぼんやりとは言ったことあるな」
「はい。恩人に関わるもの、と」


そこまで言って、神崎が頭を下げる。
折れたのか、と思うぐらいに深々と。


「昨日は、申し訳ありませんでした」


なるほど、そういうことか。

「別に言われ馴れてるし、お前だけ責めるつもりなんかねぇから。とりあえず頭上げろ」
「ですが、私」
「あんまり意固地になってっと、副隊長権限使うぞコラ」
「……すみません」


姿勢を再度正して、髪を耳にかけなおす神崎。
それから、ぽつぽつと語りはじめた。

松本副隊長から刺青の意味を聞いた瞬間、昨日の自分の言動がとんでもない無礼だと気づいた。
恩人の方を侮辱したに等しい、ひいてはその恩人を敬う檜佐木副隊長をも。
九番隊の者でありながら、その副隊長の誇りを汚した、と。


「考えすぎって、松本副隊長には言われました。けどどうしても、一言でも謝罪したくて」


プレゼントを預けられたのはまったくの偶然、いずれにせよ俺を訪ねて来るつもりだったらしい。

懺悔じみた声を聞きながら、ずっと考えていた。
虚に追われていた俺を救ってくれたあの人に刻まれていた数字。
敬意と、いつかあの人と同じくらいに強くなってやろうという覚悟を込めて、自らにも刻んだ。
あらぬ誤解しか受けてこなかったその羅列、後悔を一度もしなかったと言えば嘘になる。
悪意がないにしろ、それらの誤解やらからかいやらに傷つかなかったと言っても嘘になる。

だけど、俺の中で、この刺青が持つ意味が生きていれば、それでいい。
俺が持つ誇りであれば、それでいい、と思い続けていた。それはもちろん、今でも。


「そんなに考えてくれたのは、お前が初めてだよ」


神崎の目が、見開かれる。


「俺を、上司としてそんだけ大切にしてくれてるってことだろ? 自惚れて聞こえるかもしれねぇけど」


自分の誇りが部下に、それも愛する人に理解してもらえる。
男として、護廷十三隊として、これ以上に嬉しいことなんかそうそう無い。


「神崎のそういうところ、嫌いじゃない……というか好きだぞ俺は」
「ありがとうございます……」


ずっと申し訳なさそうにしていた顔が、わずかにほころんだ。
お互い話すことがなくなり、沈黙が執務室を満たす。
思い出したように、神崎が切り出した。


「副隊長、もうひとつ」


お誕生日、おめでとうございます。


「日付が変わらないうちにプレゼント開けてあげてくださいね。お時間ありがとうございました」


笑顔で一礼して退出する背中を、棒立ちで眺める。
普段のそっけなさとの落差に、脳の処理が追いついてないらしい。


「……ちょ、神崎!!」


この後飲みなおしの名目で、二人で酒を飲んだのはまた別の話、それから俺たちがどうなったかもまた別の話。

Happy birthday Shuhei !!
ALICE+