今年の迅さんの誕生日会は、玉狛のメンバーだけでなく、嵐山さんや柿崎さんといった同年代、面白そうな気配をかぎつけた太刀川さん等を巻き込んだ、なかなかに大がかりな仕上がり。 会場も当然玉狛支部で収まるはずがなく、広目の会議室を飾りつけている状態で。 使用許可はたぶん、ボスががんばって取ってくれたんだろう。 祝われる本人はといえば「視えてたけど、やっぱり実際来るとすごいなー」と、早くも誰かから貰ったらしきぼんち揚の袋を抱えて笑っていた。 喜んでもらえたようで何よりだ、準備したかいがある。 「んで、お前は加わんなくていいの?」 ボスが、迅さんのいるあたりの人の輪をさして、壁際にいる私に尋ねた。 ……とはいえ、積み重ねて抱えられたぼんち揚の箱二つに隠されて、当人の顔はほぼ見えないけれど。 ひととおりプレゼントを渡した後に、談笑に移り変わりつつあるらしい。 「人酔いするタイプなんで……プレゼントは支部に帰ってから渡せるし」 「ありゃ、なんか悪いことしたな」 「いえ、盛り上がってる企画を止めるのも申し訳ないし」 それに、ボーダー隊員やら実力派エリートとしてのあれこれを抜きにして人に囲まれる迅さんを見るのは嬉しい。 なんとなく口に出すのは気恥ずかしくて、微笑むだけにとどめた。 「ボスこそ混ざってきてくださいよ、なにげに今回の功労者じゃないですか」 行った行ったというように、ボスの背中を押す。しょうがない風情で、ボスは離れていった。 別に心配しなくても、来ている人との会話だけでも楽しめるし、窓の近くにいればそこまで気分は悪くならないんだけどな。 テーブルからケーキを拝借して、窓際に戻る。 時間がたつとさらに人が増えて、騒がしさも増していく。 迅さんはいつの間にどこへ行ったのか、いつもの青い服が見えない。 またプレゼントの波、というかぼんち揚の箱に襲われでもしているんだろうか。 「お、いたいた由里果」 違う、目の前にいた。 「主役がこんな隅っこに来てていいの?」 「いや、お前が壁の花決め込んでるってボスが言うからさ」 「別にそういうわけじゃ……」 大丈夫だと伝えても、迅さんは喧騒の中に戻る様子はない。 いつの間にか、私の手を握ってるし。 意図がわからなくて、迅さんの顔を見ようとしたら、反対に覗きこまれた。 視線が一瞬人だかりに向いて、また私のほうに戻る。 「みんなそれぞれ知り合いと雑談とか始めてるし、おれ宛のプレゼントは受け取ったし…… 今なら抜け出してもバレないと思うんだけど、どう?」 映画みたいな台詞にきょとんとしていると、由里果、と名前を呼ばれた。 その声に、手に込もる力に、頷く以外の選択肢なんか消え失せる。 連れ出される途中、目が合ったボスに意味深なニヤリ顔をむけられ、さらにそのボスに迅さんが「ありがと、ボス」なんて言うものだから、一体何を企まれているのか。 聞いたって答えが返ってこないのは、サイドエフェクトなんかなくてもわかることで。 たどり着いた先は、本部の屋上。 迅さんは私から手を離すと、屋上の端に腰かけた。 「おれにサプライズは大抵通用しないって、みんな知ってるよね。 今日のことも、けっこう前からいろんな奴通じて視えててさ」 組んだ指に顎を乗せながら、ひとりごとともとれる声量で言葉が連ねられる。 「バレるってわかってんのに、おれのために色々してくれるんだ。 みんな、いい奴らだよ」 そうだね、と返せばいいだけなのに、声が出ない。 迅さんの目が、目の前の景色ではなくずっと深く遠くを見ていることに気づいてしまった。 彼の目は、未来を視る目だ。 その目で、眼下に広がる壊れた街並みよりも、遥かに悲惨な光景をいくつも目にしてきたに違いなくて。 何度も、大切な人を"目の前"で喪ったに違いなくて。 それでも彼は実力派エリートなんて称し、ボーダーのために予知の力を使い続けている。 必死に表に出すまいとしている苦しみがのぞく度、私は、もう止めてと言いたくてたまらなくなる。 今だって、そうで。 「……だからおれは、そんないい奴らのために、未来を視続ける」 私に声が戻ってくるより先に、迅さんが言った。 「由里果に止めろって言われても、これだけは譲らないし譲れない」 「……私が止める未来が視えてたから、先回りした?」 「まあ、そんなとこ」 なはは、と笑う迅さんのほうに歩み寄る。 冷たいコンクリートの床に膝立ちして、目を合わせてみても、特に反応はない。たぶんこれも、想定内なんだろう。 そのまま腕をのばして、迅さんを抱き寄せた。 屋上の端から落ちてしまわないように、なるべく強く。 「ねえ、迅さん」 「ん?」 「好きだよ、迅さんのこと」 「うん」 腕に、より一層力を込める。 心臓の音が、もっと近くなる。 それが自分のものなのか、迅さんのものなのかわからないくらいに。 「迅さんがどんな道を選んでも、好き。 ずっとだとか簡単に言えないけど、叶う限りはそばにいるよ、好きだよ」 「……うん」 私の背中にも、迅さんの腕が回る。 肩にのった頭が、私の耳元に擦り寄るように動いた。 「由里果ならそう言ってくれるってわかってた、だから連れ出したりしたんだ」 「それもサイドエフェクト?」 「うん、ずるいだろ、ごめん」 たとえば近界民との戦いがすべて終わって、予知の力を自分のためだけに使えるようになったとしても、きっと彼はそうしないだろう。 いつも自分よりも誰かの未来を気遣う彼だからこそ、隣にいたいと思う。 けれど今日くらいは無数の未来じゃなく、今目の前の幸せを見つめていてほしいと思う。 ずるいと言ったような手段を使ってまで、私の言葉が欲しいなんて、それくらい愛されていると自惚れてもいいだろうか。 私がいることが、迅さんの幸せであると思ってもいいんだろうか。 耳をくすぐる「好き」という声が、尋ねなくとも返ってきた答えだ。 Happy birthday Yuichi Jin!! 4月9日の誕生花であるウォールフラワーの花言葉と、伝説がとても素敵だったので、それをちょっと盛り込んでみたり………詳しくは ttp://chills-lab.com/flower/u-a-02/ (直リンクは避けました。頭にhを入力してください)にかかれております。 [ 一覧へ] |