白い壁に埋まる、白い扉。
その中に入ったことは何度もあっても、ひとりで前に立つのは初めてである。
時刻は午後10時半になろうというところで、マンションの廊下は暖色の光に照らされている。
反して窓から見える室内は、真っ暗。
家主は、やっぱりまだ帰って来ていないみたいだ。
送ったメッセージにも反応がないあたり、実習中か移動中か。

しばらく待ってみて帰ってこなければ、終電か最悪タクシーを捕まえればいいや。
そう腹を決めて、壁にもたれる。
風が吹くたび、もう少し厚い上着を着てこればよかったなぁなんて後悔しながら、待つこと数十分ほど。
階段室のほうから、規則正しい足音が聞こえてきて。
眼鏡の向こうの目が、私をとらえた。


「……由里果っ!?」


鞄から出した鍵を落とさんばかりの勢いで、驚愕の声が上がる。
別に風景に溶け込むような服装はしていないはずだから、不意に現れたわけじゃない、何をそこまで驚くことがあるんだろう?
たしかに、今日家に行くと予告はしていなかったけど、前も同じようなことはあったのに。
それになんとなく、声の中に、怒ったような響きを感じたような。


「お、お帰り、雨竜」


変な沈黙に耐えかねて発した言葉に、雨竜は苦笑しつつも「ただいま」と返してくれた。
怒っているのは、私の気のせいだったんだろうか?
促されるままに部屋に通されて、カーペットの敷かれた場所までたどり着く。
エアコンのリモコンの操作音が何度かして、温風に頬を撫でられた……と同時に。


「さて、少し話をしようか?」


気のせいだと思ったのが、気のせいだった。
怒っていらした。


「……ハイ」
「ここまで、一人で来たのかい?」
「それは、まあ」
「今の時間帯は?」
「……夜、デス……」


あくまでにこやかに問う雨竜から、思わず目をそらす。
それを見咎められたのか、こら、と言いつつ顔を手で挟まれた。


「気まずそうにするってことは、多少なりとも自覚はあると考えていいのかな?」
「……」
「由里果、返事」
「ハイ……」


ばつが悪くてとがらせた唇に、親指が触れる。
そのまま唇をふにゃふにゃもてあそばれながら、続くお説教。


「別に、急でも訪ねて来てくれるのは構わないんだ。
だけど、もう少し色々と気を付けたほうが良いというか、なんというか……」
「んむむ」
「何かあってからじゃ遅いんだ、わかった?」
「んむ」


うなずくと、唇から指が離れた。


「それじゃあ、外で待ってて冷えただろうし……何か温かいものでも飲もうか」
「き、今日くらい私がやるよ!!」
「いいのかい?」
「だって雨竜、今日誕生日だし……」
「……忘れてた」


まさかの答えである。
いや、近頃忙しそうだったから、少しそんな気はしていた。


「雨竜ー……」
「だから訪ねてきたのか……」
「ほんとゆっくり休んだほうがいいよ……
お茶淹れてくるから、ね?」
「お言葉に甘えるよ……」


ぐったりした雨竜を見る分に、持ってきたケーキは明日の朝食になりそうだ。
お誕生日おめでとうと書かれたチョコプレートがちょっと間抜けになるけれど、まあ仕方ない。
座椅子にもたれる雨竜の額に、キスをひとつ。
それに微笑みを返してもらって、ああなんだか幸せだなぁと思う。
理想からは遠いのかもしれないけど、これはこれで私達らしい気がした。


Happy birthday Uryu !!
ALICE+