AM 07:00
珍しく、由里果からの連絡が朝に来た。
『おはようございます!今日、放課後ひまですか?』という突然の文章の意図は、今日の日付を見ればすぐに察せられる。
一体何を準備してくれているのだろうと思うと、自然に口角が上がってしまう。
不審者か、僕は。
『今日は時間があるよ』と返信すればすぐさま、嬉しそうな顔文字と、待ち合わせ場所の相談が返ってきた。



AM 10:00
すっかり受験対策仕様の授業を受けていると、廊下から「保健室行くって言ってんだろ!?」という叫び声が聞こえて、教室の摺りガラス窓の向こうに呑気な色の髪が見えた。
少し前まで同じ言い訳を使っていた僕が言うのもなんだが、今から保健室に行く人間はそんな速さで走らないし、大声も出さないと思うぞ、黒崎。
少し呆れながら、今日だけは、それが無理ならせめて彼女の用事が終わるまでは、僕に虚退治の呼出が掛からないといいなと願ってしまった。



PM 13:00
昼休みの終わりがけに窓から外を見てみると、次の授業が体育らしい由里果と目が合った。
あちらもすぐ気づいたようで、寒いのか、ジャージの袖に埋めている状態の手を振ってきたので、そっと振り返す。
ああいうのを確か『萌え袖』と呼ぶんだったな、といつか彼女がそう話していたのを思い出した。
萌え袖ほんとにかわいいですよね!と熱弁していた気持ちが、なんとなく理解できてしまったのは内緒にしておこう。



PM 16:00
正面玄関で待ち合わせて「着いてきてください!!」と言われるがまま、彼女の横を歩く。
どこに向かっているのか、まったく検討がつかない。



PM 16:30
丸い飾り文字で『ABCookies』と書かれた看板の前、由里果が止まった。
そのまま店内へと入っていくので、誘われるままついていく。
たしかここは、井上さんのバイト先だったはずだ。
思ったとおり、レジには井上さんがいる。

「会長、あの、お好きなカップケーキをお選びください!! いくつでも!!」

井上さんにこっそり手を振りながら、由里果が高らかに言った。
どうやら今年のバースデーケーキは、カップケーキになるらしい。
すぐに目に付いたのは、品名が一際強調されている、限定の新商品。
生地も飾りもチョコレートで、さらに中にもチョコクリームが入っているらしい。
秋冬はチョコのお菓子が増えるんですよね!!と、つい先日嬉しそうにしていた姿が浮かんで、気づくとそれを手に取っていた。
加えてもうひとつ、自分用に別のものを選ぶ。
何やら井上さんと話し込んでいた由里果に声をかけると、僕が選んだ品を見て、少し首を傾げた。

「なんだか珍しいですね、会長がチョコ食べるの」
「……なんとなく、かな」
「なるほど……?」

あまり納得していないみたいだけれど、君の顔が浮かんだからという本当の理由を教えるのは、さすがに気恥ずかしいので伏せておく。
この後、チョコレートのほうは由里果にあげるつもりだから、どうせその時にわかってしまうかもしれないけど。

「あ、今日は私がお金出しますので!! 会長お財布しまってください!!」
「本当にいいのかい?」
「今日くらいは!!」
「じゃあ、有り難く甘えようか」

元々彼女が支払うつもりなのは知っていたけれど、一応のやり取りをしている間に、一旦バックヤードに消えていた井上さんが帰ってきた。
その手には、何やら薄い楕円形のものと、チョコペンが握られている。

「お待たせしましたー、メッセージ、なんて書きますか?」
「うえっと、『会長ハッピーバースデー』で!!」
「か、会長って漢字で書けるかなぁ……」

……なんだこれは。
目の前で、自分の誕生日用のチョコプレートを用意されるという、若干シュールな状況。
しかも書かれるのが名前でなく役職名で、それも引退済なのが尚更。

「会長とハッピーバースデーで2枚に分けて……うーん」
「もしかして、スペース足りないですか?」
「ごめんね、私がまだちょっとチョコペンに慣れてなくて……漢字だと大きくなっちゃうんだ」
「えと、じゃあ、その、」

平仮名で会長になったらどうしようか、さすがに少しシュールが過ぎる。
しかし正直なところ、由里果と井上さんならそうしかねない。
かくして予測は、

「あの、平仮名で、う、うりゅう、で」

斜め上、嬉しい方向に裏切られた。
たった数文字、ただの伝達なのに、それを口にするのは彼女にとってひどく勇気を必要としたらしい。
暑くもない店内で、傍から見てわかる程に顔が赤い。
その赤色は、会計を終えて、肌寒くなった外に再び出ても消えていなかった。



PM 16:50
「会長、ニヤニヤしないでください……」
「してないよ」
「し、してます!! プレート作ったあたりからずっと!!」
「君が珍しく名前で呼んでくれたんだから、嬉しくない訳がないだろ?」

ただの伝達じゃないですか、と逃げを打ってきたので、じゃあただの伝達で赤くなる必要はないだろうと、思ったままを返す。
これ以上続けると拗ねてしまいそうだから、追撃はそれで終わりにして。

「……会長、この後、会長のおうちでこれ、食べませんか?」
「もちろん」

また珍しく積極的な提案に乗って、どちらからともなく手を繋いだ。

チョコレートのカップケーキに、僕の名前が書かれたほうのプレートが乗っていたせいで、食べるの食べないので彼女が内心大変なことになったのはまた別の話。


Happy birthday Uryu !!
ALICE+