※拍手でカウントダウンしようと計画していた文を、ほぼそのまま掲載しています※ 「どーも由里果サン。 今回の任務からアナタと組ませてもらうことになりました、浦原喜助っス」 なんだか頼りなさそうだ、というか信用ならないとさえ思った私を許してほしい。 軍団長のお気に入りと噂されているのが一体どんな人物かと思えば、気配も語気も、ついでに髪も、とにかく何もかもがふわふわの人だった。 この人がお気に入り、この人が今日から上司、この人がそこそこの地位にいる…… 隠密機動としての経験上、第一印象で人を見定めるのは禁物だとわかっていても、色々と思わずにはいられない。 「よろしくお願いしますね、由里果サン」 「はい、よろしくお願いいたします」 ふわふわの全てとは裏腹に、目が一切笑っていないのはさすがと言うべきか。 私が信用に足るかどうか見定めるつもりなのだろうか、もう一度よくよく気配を探れば、そこには油断の欠片もありはしない。 ああそうだ、一目見て信用ならないと思ったのは、とかくこの、人を騙すために有るような、うさんくさい笑顔のせいだ。 「分隊長、すみませんしくじりました」 隠密用の地獄蝶に、可能な限り声を絞って話しかける。 浦原分隊長のもとで任務をいくつかこなしてきたものの、窮地に陥るのは初めてだ。 今回は珍しく護廷十三隊本隊と組んでの任務だったから、連携が常時ほど上手くいかなかったのも一因ではある。 いや、原因はともかく、今はこの状況を打開しなければ。 最悪自分が捕まるだとかは良いとして、隠密機動の威信に関わるような展開を招くのだけは避けたい。 「いえいえ大丈夫っスよ、なんとかなりますって」 地獄蝶から返ってきたのは、なんともまたふわふわの返答。 なんとかなるなんて甘い見通しが通じる状況には、とても思えないのに。 湧き上がる焦りを知ってか知らずか、分隊長の次の言葉が飛んできた。 「今から、予備の作戦に切り替えます」 「予備って」 聞いてない、と言いかけたのも束の間、有無を言わさぬ声音で伝達が続く。 「事前に言うと意味がない型の作戦なんスよ。ひとまずボクの指示に従ってください」 「っ、了解」 結論から言おう。任務は無事に終了。 誰一人として欠けることなく、当初の目標を達成した。 「お疲れ様でした、由里果サン」 「分っ、隊長」 報告も終えた廊下、すっかりいつも通りの様子で話しかけられて、思わず言葉が詰まる。 しくじったことを直接詫びるべきか、それとも御礼を言うべきか迷っていると、分隊長が突然「ね?」と軽く首をかしげた。 「言ったでしょう? なんとかなるって」 違う、なんとか"なった"んじゃない。 分隊長が事前に用意した作戦があったからだ、分隊長が"なんとかした"んだ。 この人は一見すれば楽天家だけれど、実態は真逆だ。 「あの、浦原分隊長」 「はい?」 「ありがとう、ございました」 それから、信用できないなんて思っていて申し訳ありませんでした……と、これはさすがに心の中に留めておく。 顔を上げて見えたのは、相変わらず胡散臭さ漂うふわふわした笑顔だった。 「分隊長、失礼します」 了承の声が返ってきたので、そっと襖を開けた。 分隊長本人はといえば、人を呼びつけておきながら読み物の最中らしく、周囲には何かが書きつけられた紙が散乱している。 横顔は真剣そのもので、いつもこれくらいぴりっとした表情をしていれば良いのに、とつい思ってしまう。 「由里果サン、ちょっとここ」 手元の紙の、今まさに読んでいた辺りを指さしながら、分隊長が私を呼んだ。ここを読め、ということだろうか。 「あ、黙読でお願いしますね」 「はい」 散らかった床にそもそも空間が少ない上、紙を手渡してくれる様子がなく、加えて字もかなり細かいせいで、分隊長のほうにかなり近づかないと読めない。 覗き込むようにしてようやく見えた内容は、先日の任務中の、地獄蝶を介した会話をすべて書き起こしたものだ。 「これ、まさか分隊長が手作業で?」 「ええ」 隠密機動が関わる任務で伝令に用いられた地獄蝶は、機密保持のため、最終報告完了後は即時に特殊保管場に移される。 先日の任務は参加人数も多かった上に、不測の事態が起こったこともあって、会話量はなかなかのものだったはず。 それを全て手作業で再記録するとは、一体この人は何なんだ。 「……霊法とか隊則的に大丈夫なんですか」 「あー……そうなるかは、成果次第っスかねぇ」 「成果って」 「さっき読んでもらったところ、引っ掛かりませんでした?」 言われてもう一度、目を通す。 不測の事態が起きて、予備作戦に移行する前の、少し混乱している時の会話。 話しているのは、護廷隊士の一人と、隠密機動の一人。 「……あ」 そのどちらの者も知り得るはずのない情報、しかも敵方に関するそれが、さらりと紛れ込んでいる。 もし作戦中に新たに手に入れたのならば、共有して然るべき情報だ。 これはもしや、と浮かんだ単語を直接口にするのが憚られて、そばに転がっていた筆をとる。 『内通者ですか』 私が差し出した紙を見て分隊長は、目を伏せた。 「十中八九は」 今度は分隊長が筆をとって、私が使った紙の続きに、恐らく不測の事態も内通者によって引き起こされたのだろうという旨を書く。 そして、後日炙り出しのための任務を行うと。 「な、」 思わず息を呑んだ私の唇に、分隊長の人差し指が当てられる。 そのまま、空いているもう片手で器用にまた文字を書いて、私に向けた。 『不可能なら降りてかまいません 当該隊士とは知り合いのようですし』 降りるはずが、あるものか。 敬意を欠く気もしたけれど、言葉を紡ぐより余程私の気持ちが伝わるだろうと思って、筆を奪い取って、綴られた文を丸ごと塗りつぶした。 さすがに驚いたらしい分隊長が、いくつか瞬きを繰り返す。 「そうっスね……ええ、失礼な質問でした」 独り言のようにそう言って、分隊長の唇が吊り上がった。 いつもの、人を騙すための笑顔とは違う。 見たことのないそれに、目が釘付けになる。 「……どしたんスか、そんなに見惚れて」 「みとれて、ません」 なんだか格好いい、と思ってしまったのは事実だ。 第一印象のせいであまり意識していなかったけれど、元々分隊長は、顔が綺麗な部類に入る男性ではあるのだ。 「そっスか、それは残念」 もしや分隊長は、自分の容姿に自覚がある御仁なのか。 それを裏付けるかのごとく、数十年後に彼がハンサム(エロ)店主を自称しはじめるなんて、この時の私は知る由もないのである。 背信行為を働いた者の身柄は、隠密機動が一旦預かることになっている。 目の前に横たわるのは、かつて仲間だった人。 鬼道や普通の縄で幾重にも拘束されていて、護送用の人員が到着次第、この上から殺気石の枷も追加されるのだから哀れだ。 「とりあえずは、任務完了っスね」 件の炙り出し任務は、それはそれは容易に運んだ。 蓋を開けてみれば、没落貴族のそれも末端の分家とつるんだ者が、瀞霊廷の現体制の転覆を内部から目論んでいたという、さして珍しくもない案件だった。 「今日も大活躍でしたね、由里果サン」 分隊長が呼んだ名前に反応して、転がっていた隊士が私に視線を向ける。 覆面をしているから、今まで私がいることに気づかなかったらしい。 何やら、助けを請う言葉が聞こえる。 多少は心が痛まないでもないけれど、隠密機動にそんなお願いが通用すると思っているのなら大間違いだ。 嘆願に混じって、繰り返し繰り返し名前を呼ばれる。 あまりにも騒がしいから、白伏か何かで黙らせても良いか聞こうと、分隊長を見上げ。 「ッ、」 地面に向かう鋭い視線が、あまりにも底冷えしていて、言葉が喉でつかえた。 いや、恐ろしい、冷たい、他のどんな表現でさえも生ぬるい。 思えば、分隊長の任務の真っ最中の姿は、今まで見たことがなかった。 「っと」 まだ私が硬直の中にいた一瞬、分隊長が真横を駆け抜ける。 何事かと駆けていった方向を見やると、千切れた拘束の中にうつ伏せになった隊士を、分隊長が押さえつけていて。 分隊長、と呼ぼうとした声が、またあの視線に刺されて出てこなくなる。 隊士は何か鬼道を掛けられたようで、最後の抵抗むなしく以後一切の身動きを取れないまま、程なくして現れた護送部隊に引き取られた。 ようやく戻ってきた声を絞り出して、背を向けたままの人を呼ぶ。 「うらはら、分隊長、」 「いやぁ、びっくりしましたよ。自爆まがいの縄抜けなんて」 「あ、の、お怪我とか」 「別になんとも…… こういうことがあるから、殺気石の枷を標準装備させてくれって何度も進言してるんスけどねぇ」 振り向いた分隊長の笑顔が、初めて怖いと思った。 人を、騙すための笑顔。 その下に確かにある、羅刹の顔を隠すための笑顔。 それでも、恐ろしさ以上に湧き出す感情が、たしかに私の内にあった。 「由里果サン、お疲れ様でした」 「分隊長のほうこそ」 もう数十回目になる任務を終えて、帰路につく。 ふと道中、分隊長が足を止めた。 並び歩いていた私も、釣られて足を止める。 「ひとつ、アナタに言っていないことがありまして」 「なんでしょうか」 「……この前の大きめの任務、あったでしょう」 直近で比較的大規模の任務は、例の炙り出し任務しかない。 何か新たな動きでもあったのと身構える私に、分隊長が切り出す。 「あの時、実はかなりアナタのこと疑ってました」 その告白は、別に想定外でもなんでもなかった。 裏切り者とは以前同じ部隊で組んでいたのもあるし、わざわざ部屋で機密情報を見せられ、更には炙り出し任務を降りることを提案された時点で、疑われているのは察していた。 「ええ、気づいてました」 「……そりゃそうっスよね、スミマセン。 由里果サンは、ボクの優秀な部下ですもん」 不意に褒められて、場合でもないのに顔が綻びかける。 いつからか、名を呼ばれることが、褒め言葉をもらうことが、嬉しくなった。 共に任務をこなせることを、近くで刃を振るうことを、誇らしく思うようになった。 「分隊長」 「なんスか?」 「もし、仮にです。 仮に私が、彼のように道を違えたならば、」 分隊長が、私を殺してください。 請おうとして、口を噤んだ。 隠密機動ともあろう者が、簡単に生殺与奪を他者に預けてはならない。 それでも、あの眼に、息の根を、心の臓を、止めてほしいとさえ願うようになった。 気づけば、こんなにも好きになってしまっていた。 恋慕では無いにしても、好きという語しか、この感情に付けられる名前は無いのだ。 これが単純な尊敬や崇拝とは異なると、自覚はしていた。 「……私を、許さないでくださいね」 当然 是の答えしか返ってこない言葉で、お茶を濁して。 「ええ、勿論。手心無く裁かせてもらいます」 私が考えたことなんて、見透かされているのかもしれない。 低く添えられた一言に、背筋を伸ばす。 「その代わりと言っては何なんスけど」 「はい」 「……ボクが、」 分隊長の口が薄く開いたと思うと、そのまま何も音を発さず、静かに閉じた。 「いえ、なんでもないっス」 次の任務も頑張りましょうね、とはぐらかされてしまって、結局その先は聞けなかった。 一体、何を言おうとしていたのだろうか。 口ぶりからして、とても重要なことだったのはわかっていても、判断を付けるには材料が少なすぎる。 同じような状況でも、私が思うことは分隊長に筒抜けなのに。 私のことは見透かされていても、私がこの人を理解することはできないのかもしれない。 それがどうしようもなく残念で、悔しかった。 しくじったと思うのは、2度目だ。 まさか例の没落貴族とその仲間の残党が、たかが一隠密機動の私を逆恨みするなんて、誰が考えられただろう。 四方は敵、事前に覚えた屋敷の地図も、カラクリで構造を組み換えられてはもはや役立たず。援軍が来るまで、凌げるかどうか。 さすがに、死ぬかもしれない。そう思うのは初めてだ。 ひとりひとりは有象無象だとしても、数の有利が凄まじい。 隠密行動用の武器で太刀打ちできるのは、この半数くらいが限界だ。 私が死んだとしても、奇跡的に生還したとしても、こいつらがまとめて捕まることに変わりはない。 ただ、罪状がいくつ重なるかの違いだけ。 だから、隠密機動の者としては、死んでも何の悔いもない。 覚悟を決めて、刀を構える。 その背後で、絶叫が上がった。 「どーも」 少し上から、声がして。 「浦原、分隊長」 「こりゃとんでもないことになっちゃいましたね」 背中に、あたたかい温度を感じる。 誰かとこんなふうに戦うのは、随分と久しぶりだ。 互いの死角を補って刃を振るう。 分隊長の斬魄刀の攻撃範囲が広いおかげで、先刻までの苦戦が嘘のよう。 人垣が開けた場所で、もう一度背を預け合う。 「なんか良いっスよねぇ、こういうの」 「こういうのっ、て?」 「背中合わせで戦うの、運命共同体ってかんじがしません?」 私の首のすぐそばを、分隊長の刀が薙ぐ。 入れ替わるように、分隊長の首の横を私の刀で突き刺す。 「たしかに、そうですね、浦原分隊長」 「でしょ、由里果サン」 お互いの頬に返り血が飛ぶのを見ながら、どちらからともなく笑う。 刀の血を払うのと同時に、周囲に味方の気配が増えて。 残党が捕縛されていく光景に、思わず膝が崩れる。 すかさず分隊長の腕が脇の下から差し入れられて、倒れるのは避けられた。 「今回もまあ、なんとかなりましたね」 「今回だって、分隊長がなんとかしてくれたんでしょう?」 「そういうの、黙ってたほうがカッコいいじゃないっスか」 私を抱きかかえて、困ったように言う分隊長。 ほんの数秒前の殺気はもう影を潜めていて、つくづくこの人は読めない。 それさえも含めて、私はこの人のことを"好き"なのだろう。 「運命共同体、と分隊長はおっしゃいましたね。 別にこんな状況でなくとも、運命を共にする心づもりはあります」 酸欠気味で回らない頭から、言葉がするすると溢れてくる。 この気持ちは部下としてなのか、個人としてなのかはまだよくわからない。 ただ結局のところ私は、理由なんて何でもいいから、この人の近くにいたい。 「本当に、心から」 「随分嬉しいこと言ってくれますねぇ、由里果サンてば。 ……そっスね、生きることを前提に、これからもそうしてくれると有り難いっス」 刀を握っていた手が、するりと私の頭を撫でる。 分隊長の手はたしか血まみれだったと思うけれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに心地良かった。 Happy birthday Kisuke!! 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