5日前

まずい。まずい。
石田雨竜の誕生日まで、残り5日。

なぜ教えてくれなかったのか。
今まで聞かなかった私も悪いけれど。

まさか、クラスの後ろにずっと掲示してある「自己紹介カード」で知ることになるなんて。

恋人としては、最低限プレゼントぐらいはしたい。


「だから、雨竜の好きそうな物を教えてください黒崎くん!!」
「なんで俺が……んなこと、本人に聞けばいいじゃねーか」
「サプライズって大事だと思って……」


黒崎くんは、オレンジ色の髪をぐしゃぐしゃと掻きながらため息をつく。
面倒そうながらも、一応は協力してくれるようだ。


「つってもなぁ、ほとんどアイツのこと知らねぇぞ?
裁縫が得意だってくらい……」


ふと、何か思い付いたような声を出す黒崎くん。
プレゼントの案でも浮かんだのかな?


「ミシンとか送ったらいいんじゃねぇか?役立つし」
「な、なるほど……」


恋人の誕生日に、ミシンはアリなのだろうか。
黒崎くんも、同じ疑問を抱いたらしく。


「なんか……違う……か?」
「うーん、とりあえず、一回見てみる!!ありがとう!!」


帰宅してから、パソコンで良さげなミシンのお値段を調べてみれば…


「うわぁ……無理だ……」


なんと、諭吉さんが五人!!
そんな高額、とてもじゃないけど出せないし、雨竜もきっと気が引けてしまう。
かといって、中途半端な機能性の製品なら送っても意味がない。
黒崎くんには悪いけれど、ひとまずミシンは廃案。

相談相手その1、失敗だ。
きっと大丈夫、まだ4日ある…!!


4日前

雨竜の誕生日、4日前。
一晩考えても、自力じゃ何も思い付かなかった。
そうだ、次は女の子に聞いてみよう。


「千鶴ちゃん、お願いします!!」
「まっかせなさい、オトコを悦ばせるプレゼントね!?」


今、なんだか違う意味合いの言葉が見えたのは、多分気のせいです。多分。


「そうねぇ、まず、ぶっちゃけた話、石田とどこまでイったの?」
「ど、どこまでって……」
「決まってんでしょ〜、そりゃあ、もう」


何やら口にしかけた千鶴ちゃんの脳天に、突如叩き込まれた拳。
こんなことを躊躇なくするのは、あの子しかいない。


「たつきぃ……アンタ私の純粋な興味を……」
「どこが純粋だってぇ!?」
「なによぅ、知りたいだけじゃない!!」


懲りずに私にせまる千鶴ちゃん。当然のごとく、鉄拳再び。


「あーもー……由里果もさぁ、聞かれたくないならもっとちゃんと拒否しろよ?
コイツみたいなタイプはつけ上がるからさ」
「うん、ありがとうたつきちゃん」
「んで?元はなんの話だったの?」
「石田の誕生日プレゼントの話よっ!!」


千鶴ちゃん、もう鉄拳制裁に慣れているのか、早くも復活。
今度はちゃんと相談相手になってくれるようで何より。


「あ、もうすぐなんだ?石田の誕生日……知らなかったわ」
「私もこの話聞くまで知らなかったのよ」


アイツあんまりクラスメイトとも関わらないしねぇ、と千鶴ちゃんが言うと、頷くたつきちゃん。


「なんで由里果が石田と付き合ってるのか、未だにわかんないのよねぇ……私と付き合わない?」
「アンタはまたぁ!!」
「そ、う、だ!! プレゼントはねぇ!!」


たつきちゃんを華麗にスルーして、なんだか怪しげな笑みを浮かべつつ、人差し指を立てて千鶴ちゃんが言う。


「首にリボンを巻いて、ベビードール着て……"私をプ・レ・ゼ・ン・ト"!!」


言い終わったかどうかぐらいの速さで、千鶴ちゃんが真横に吹き飛んだ。
今度は拳じゃなく、蹴り。


「ったく……相談相手間違えたね、由里果」
「みたいだね……」
「悪いけど、私はなんも思い付かないや」


でも、とたつきちゃんが優しく笑う。


「多分石田は、由里果のくれるプレゼントだったら、なんでも嬉しいんじゃない? 深く考えることないと思うよ」


それだけ言うと、そんじゃ、と後ろ手に手を振って廊下を歩いていってしまった。


「うぅ……そんで、どこまでイったのよぅ……」

…………非常に困る案件を残して。


3日前

結局、すべて吐かされてしまった。

『ほぼ1年たつのに、キスさえしてない……ですってぇ!?』

こりゃまだ私にもチャンスが……とかぶつぶつ呟いていた千鶴ちゃんにほんのり恐怖を感じ、思案中で注意を向けられていないのを良いことに、そそくさと逃げ帰った。


「あと相談できそうな人は……」


たつきちゃんはああ言ったけど、自分のセンスに自信がない。
雨竜は派手なものとかは好きじゃなさそうだなぁ、とかそんな程度。
もう一人くらいは、意見が欲しいところ。男子、女子、と聞いたから…後は大人か?あくまで、本人に聞くという選択肢はナシの方針で。
身近な大人……そうだ。


「こんにちはー、浦原さん!!」
「あらぁ、お久し振りっス由里果サン」


最近お見かけしなかったんで、寂しかったんスよぉ、と営業トーク全開の店長さん。


「今日は、お菓子買いにきたんスか?サービスしちゃいましょ」
「ありがとうございます!! あ、でも実は別件で……」


ざっくり、今回の経緯を説明しておく。
もちろん、千鶴ちゃんに吐かされた部分は除いて!!


「なぁるほど、誕生日プレゼントっスか……」


扇子で口元を隠しながら、浦原さんは唸り始めた。


「アタシの誕生日って忘れられやすくて……そのせいか、誕生日プレゼントってモノを貰ったことがほとんど無いんスよねぇ……」
「そうなんですか?」
「ええ、悲しいでしょ?
そういう訳で、頼りにしてくれたとこ申し訳ないんスけど、プレゼントのことはさっぱりっス」


ああ、最後の砦が崩れた気が……
もう他に頼れる人がいない!!
一瞬織姫ちゃんの顔が過ったけど、駄目だ、あの子のセンスは特殊すぎる。


「私はどうしたら良いでしょうか……」
「アタシなら、アナタみたいに可愛い子から何か貰えるなら、なぁんでも嬉しいっスよ?」
「浦原さん、女子高生口説いちゃダメですよー」


そもそも、雨竜と反対のタイプでしたこの人は……


「仕方ない……禁じ手を!!」
「なんスか?」
「こうなったら、本人に聞きます!!」

頑張ってくださいね〜、とユルユルな応援を受け、声高に宣言!!

サプライズは二の次、今年は確実性を優先していこう。


2日前

「雨竜、今さ、欲しいモノってある?」
「今……?そうだなぁ……」


雨竜の誕生日、二日前。
帰り道、自分としては"それとなく"入れたつもりの探り。
果たして、結果はいかに!?


「ああ、そういえば」
「そういえばっ?」
「黒の手芸糸を切らしてたんだ、買わなきゃいけない」


……そうきたか。
"欲しいモノ"というより、"必要なモノ"の部類じゃないかな、それ。


「えーと……あの、"need"じゃなくてさ、"want"のモノはない?」
「難しいこと言うね……」


眼鏡を上げて、困ったように雨竜が笑う。
その顔がすごく素敵で、うっかり目的を忘れて見とれそうになった。
女の子みたいなのに、手や腕はしっかり男の子。


「なんだろう……欲しいモノ……」


歩く足は止めずに、考え続ける雨竜。
この人に、物欲があるのかどうか。
そんなところから疑いたくなってきた。


「欲しい……か……」


ちら、レンズごしに合う、私と雨竜の瞳。
ほんの一瞬で、反らされた。


「な、なん、でも、ないっ……!!」


何が!? 私何もしてない……よね!?
メガネを必要以上に上げ下げするその行動は、私の経験上、照れた時か、焦った時の癖だ。
たぶん、顔色からして、今回は前者。


「そ、そうだ!! 手袋!!」


声がガタガタというか、上ずっているというか。
普段の冷静さなんて、どこへやら。


「手袋、今使っているのが古くなってしまって……不便はないけど、買い換えようかと思ってたんだ!!」


あくまで雨竜らしいというか、非常に現実的なリクエスト。
でも、ようやくプレゼントが決まった!!


「そっかぁ、良いのが見つかったらいいね」


何もない、世間話を装って、そう返した。
ようやくメガネの上下を止めた手は、そのまま下ろされる。
ごく普通に、雨竜の脚の横に。

考えてみれば、キスどころか、手も繋いだことさえなかった。
目が合うだけであんな様子になる雨竜だから、仕方ないと言えば仕方ない。

でも。
やっぱり、彼女としては、不満だったり、それ以上に不安だったり。

雨竜は、ちゃんと私を好きなのかな。

答えは明白なのに、そんな不安がよぎった。


当日

なぜ。なぜだ、この状況は。
私が座るのは、床に置かれた分厚いクッションの上。低いテーブルを挟んだ向かいには、雨竜。


「どうしたの?食べないのかい由里果?」


なぜ、私は。

誕生日を迎えるご本人に、ご本人の家で、ケーキをご馳走になっているのでしょうか。
しかも、私の一番好きなケーキを。

雨竜の方はといえば、ケーキは無くて、真っ白なカップに注がれたコーヒーを飲んでいる。
ケーキの箱を折り畳むのが見えたから、多分他にケーキはない。
つまり、私のために買ってきてくれたということになる。

なぜ、もてなされるべき人に、もてなされちゃってるの。

やっぱり、プレゼントの手袋以外にも、ケーキくらいは持ってくるべきだったかな。
なんというか、至らない部分が多いな、私。

申し訳なく思いつつも、ケーキを口に運ぶ。いつも通り甘い。
このケーキが一番好きなんて、一回くらいしか言ったことないのに。
覚えていてくれた。私の話を、しっかり聞いてくれていた。

やっぱり、雨竜はちゃんと私のこと、好きでいてくれてる。


「雨竜、ありがとう」
「……どういたしまして……と言うべきかな?」


唐突すぎて戸惑う雨竜に、ラッピング済の袋を手渡した。
綺麗な指が丁寧にリボンを解いて、中身が取り出される。
もちろん、それは手袋。
白がメインの、地味すぎず、でも派手じゃない、実用的なものを選んだ。


「その、誕生日プレゼント……」


妙に気恥ずかしくて、言葉が尻すぼみになる。
気に入ってくれる、かな?


「これ、由里果が?僕に……?」
「うん……あ、あの、要らないなら」
「要らないなんてあり得無いよ!!」


いつになく強く、雨竜が言う。
自分でも語気に驚いたのか、次の言葉まで、少し間が開く。


「由里果が僕にくれたんだ、それだけでも嬉しいし……それに、一昨日言ったこと、ちゃんと聞いててくれたんだろう?」


ありがとう、と真っ赤な顔でお礼を言われて、心から安心した。
こっちこそ、嬉しかった。
今日の雨竜は、なんだかいつもより素直な気がする。


「あの、さ」
「?なに、雨竜」


テーブルの、わざわざラッピングの残骸の上に、手袋が置かれた。


「その……ひとつ、我儘を言って良い……かな?」


すす、と雨竜が、私の座っている側にやってくる。
我が儘、か。きっと雨竜のそれは、世間的には我が儘とは呼べない、ごく普通のお願いにちがいない。
それにしたって。本当に今日は、いつもと違う。


「っ……目、少しの間、閉じて……?」


白い指が眼前にのびてきて、器用に瞼を下ろす。そして、頭の後ろへ。
その手がかすかに震えている。


「……由里果、好き、だよ」


直接囁かれたかと錯覚する程、響いた声。この前の比じゃないくらいに上ずっていた。


「うりゅう?」


なんだか堪えきれなくなって、目を開けた瞬間。

雨竜の顔が目の前にあって、長い睫毛がよく見えて、目を閉じてても、やっぱり綺麗だな、なんて。

そんなことより、何より。

私と雨竜の唇は、ぴたりと重なっていた。

世間で甘酸っぱいだの何だの言われているその味は、さっきのケーキの味と、おそらくはコーヒーの苦味が少し混ざった、概ね甘いといえる風味。

小説や千鶴ちゃんの言うような激しいキスじゃなくて、重ねるだけの、やさしい感触。

しばらくして、目を閉じたまま雨竜が離れて、それから私を抱き寄せた。
ちょうど、雨竜の肩に私の顎が乗った状態。


「そのまま、僕の話を聞いてくれるかい……?」


小さくうなずくと、雨竜は堰を切ったように話しはじめた。


「普段あまり口にしないけど、僕は本当に君のことが好きなんだ。
その……女性からしたら、やっぱり直接言って欲しいのかもしれないけど……わかってくれると嬉しい……」


ほんのりと服ごしに伝わる体温が高い。
よく見えないけれど、きっと顔も、さっきより真っ赤だ。


「それで、我儘っていうのは、いや、さっきのっ、……さっきの行動もそうだけど、もうひとつだけっ……」


少しだけ体が離されて、ごく近い距離で向かい合う体勢に。
真剣な瞳が、私を射る。


「その……由里果さえ良ければ、この先も僕と一緒にいてくれるかい……?
僕が欲しいのは……き、君の全部なんだ」


今にも掻き消えそうな声で、告げられた"我儘"。
やっぱり、我儘とは言えないお願いだったな。そんなの、決まってる。


「私はこれからも、ずっと雨竜のそばにいるよ」
「……ありが、とう……」


安堵のような喜びのような、不思議な顔を見せて、雨竜はふたたび私を抱き寄せた。

すると、ややあって。


「あれ……でもこれ、君が言うところの、"need"なプレゼントになるのかな?」
「え?」
「だって、由里果がいないなんて考えられないし……僕には由里果が必要だから……っ!!」

言い終わった後で恥ずかしくなったのか、ついでに、さっきまでの発言もそうなったのか、雨竜はしばらく、私の肩から頭を上げることはなかった。



Happy birthday Uryu !!
ALICE+