修行時代

『祝・転神体完成!!』

外の空気を吸って修行場に戻ってくると、丸めの字でそう書かれた横断幕が岩と岩の間に張られていた。


「なんスかこれ……」
「喜助さん!! 見てのとおり、転神体の完成記念だよ!!」
「いや、それはわかってますよ?
そうじゃなくてですね、アナタが持ってるものについてっス」


ニコニコしながら話す由里果サンの手には、何やら白い、人の形をしたぬいぐるみらしき物体。
大方、予想はついてますが。

「転神体ぬいぐるみ!! 可愛いよ?」
「か、可愛い……んスか……?」


やっぱり。
製作者としては実用性に特化させたつもりで、女性を惹き付ける愛らしさなんて皆無だと思うんスけど……


「喜助さんにあげる!!実験の成果っぽいし……それに、誕生日でしょ?」


うん、可愛い。
ぬいぐるみじゃないですよ?
由里果サンが。


「それじゃ、ありがたく頂いちゃいますか」
「あ、でも男の人にぬいぐるみってどうかな……」


他に何か作ろうかな、と転神体ぬいぐるみを抱き締めながら考える由里果サン。
圧力がかかって微妙に形を崩す白い塊。
なんだかズルいっスねぇ、ぬいぐるみの癖に。


「どうせ抱き締めるなら、ボクにしてくれませんかね?」


そう呟くと、照れ隠しなのか何なのか、ぬいぐるみを顔面に投げられちゃいました。


隠密機動平隊士時代

『祝・重要案件解決!!』

いったいどうやってボクの部屋に入ったのか。大方、いえ確実に夜一サンでしょうけど。


「あ、喜助さんお帰りなさーい」
「ただいまっス」


脚立の上で振り向いて、ボクに声をかけた由里果サン。
あら、なんだか新婚さんみたいじゃありません?


「ごめんね、片付けていいかわからなかったから、とりあえず横断幕だけ張った!!」


足元には申し訳程度の通り道。
あー、実験で散らかったまま出かける羽目になってたんでした。
夜一サンも酷いっスねぇ、この惨状を知ってて由里果サンを入れちゃうんですから。


「ご飯とかは隊舎の食堂に準備してもらったから!!
お誕生日おめでとう!!」
「た、誕生日っスか?え、今日って」
「大晦日!! 喜助さん、日付感覚飛んじゃった?」
「飛んじゃった……かもですね」


やっぱり徹夜はいけないっスね、うん。


「ありがとうございます」

脚立を降りて歩み寄ってきた由里果サンの頭をなでる。
嬉しそうな由里果サンを見てると、なんだかモヤモヤしていた気分が吹きとびましたよ。

ボクの仕事なんて正直誉められたものじゃないから、こうして上司以外に認めてもらえるなんて考えたこともなくて。
血生臭いことばかりしているボクを、日常に、当たり前の感覚に浸らせてくれる。


「ありがとうございます」


もう一度頭をなでると、また由里果サンは笑ってくれた。


三席時代

『祝・檻理隊長就任!!』

もはや恒例、横断幕。
だんだん達筆になってきてますねぇ。
三席の一人部屋に、本人であるボクより先に入られちゃいましたけど、まあいいか。


「喜助さん、大出世おめでとう!!」
「それほどでもないっスよぉ」


謙遜すれば、由里果サンは首を横に振る。


「三席だよ?分隊の隊長だよ?すごいと思うけど」
「そっスかぁ?」


そうだよ!! と訴える彼女が、愛おしくて仕方ない。
ボクのこと、すごく誉めてくれますよね。


「それと、お誕生日おめでとう!!」
「ありがとうございます」
「今年はちゃんと覚えてたんだね」
「去年のときから、徹夜控えてるんスよ。日付感覚バッチリっス!!」


本当は誕生日なんて、通過儀礼でしかなくなってきてましたが、それが待ち遠しくなったのは、アナタが祝ってくれるから。

なぜかいつも、別のお祝い事と重なるのがちょっと残念ですけど。

「ごちそうはあるんスか?」
「うん!! 頑張って作ったよ!!」


帰りを待っている人がいて、手料理も作ってくれて。
これを幸せと言わずになんて言いましょう?


「……喜助さん、なんかニヤニヤしてる。何考えてるの?」
「ナーイショっスよ」


大好きですよ。心の中で呟いた。


隊長時代

『祝・十二番隊長就任!!』

さて今年も被りましたよ、誕生日と、別のお祝い事。横断幕も四枚目。


「祝、がやたらうまいっスね」
「誉めてる?」
「誉めてますよ?」


隊首室に並んだ計器の合間を縫って、かなりの飾り付けがされている。
脚立に乗っても届かないはずの高さに輪飾りがあるんですが、どうやったんです?
と尋ねたら思わぬ答えが。


「平子隊長が肩車してくれてねー、助かったの!!」
「ひ、平子サンっスか!?」
「うん、あ、部屋に入れちゃダメだった?」


そうじゃない、そうじゃないんです。
人に見られてまずいものは(この部屋には)ありませんし。
だけども。


「肩車……スか」
「うん。高すぎてちょっと怖かった」
「そりゃあねぇ……肩車……スか……」
「肩車は肩車だよ。どうしたの?」


今、顔を覗き込まないで欲しい。
きっと、すごく酷い表情してますから。
普段、実験だ任務だ、で傍にいないのに、嫉妬だけは立派にしてしまう。
それがたとえ、こんな小さなことでも。


「喜助さん?大丈夫?」
「大丈夫っスよ」
「本当に……?」


心配させてしまうなんて、ボクは何をやっているんだか。
由里果サンには笑っていてほしいのに。


「大丈夫っス。だから泣きそうな顔しないで? ほらほら笑ってくださいな」

頬を引っ張って、ぐい、と口角を上げさせた。
細くなった目元から滑り落ちた水滴を、唇ですくう。
塩辛いけど、ボクのことを気遣うからこそ流れたもので、そう思うと甘味すら感じてしまうから、きっとボクは病気なんでしょうねぇ。


「はにゃひへほ、ひふへはん」
「………離してよ喜助さん、で良いんスかね?」


呂律の回らない口調に、なんだかグラッとキたのは、また別の話っス。


??????

「祝・浦原商店、初の黒字……」


帳簿をつけながら、独り呟く。
慣れない駄菓子屋店主も三年、三回目の決算の時期。
前年までのような真っ赤な帳簿とは、なんとかオサラバできました。


「……ありゃ」


時計の針が0時を指す。
年越しがまさか、帳簿と向き合った状態とは。

今年の、いや、もう去年になったんでしたね。とにかく、アタシの誕生日は終わっちゃいました。


「まだ起きておったのか、喜助」


とてとて、と足元にやってくる、黒猫姿の夜一サン。
1月1日になった、ということは。


「夜一サン、お誕生日おめでとうございます」
「ん?そうか日付が変わったか」


ありがとうの、と言いつつ、そのまま毛繕いを始めちゃいました。
夜一サンも、誕生日=通過儀礼の人なんスかねぇ。

祝う側としては、反応がちょっと寂しかったり、なんて。
彼女も、こんな気持ちだったんでしょうか。

もっと喜べば良かった。
もっとお礼を言えば良かった。
何よりも。

もっと由里果サンの、素直なお祝いの言葉や、横断幕の飾り付けや、頑張ってくれた手料理と一緒に、誕生日を過ごしたかった。

他の何のお祝いと同時でも良いから、由里果サンに祝って欲しかった。
由里果サンと一緒にいたかった。

眠るふりをして、帳簿に埋めた唇で、愛しい名を呼ぶ。
返事がなければ、それは只の空気の振動に過ぎなくて。

あぁ、大好きなんです。愛してます。
他の贈り物なんか何もいらないから、ただ由里果サンに会いたい。


店長さん

『祝・浦原喜助の誕生日!!』

ますます達筆になった筆跡。
天井近くには、色とりどりの輪飾り。
ところどころ幅や長さが違うのはご愛嬌。きっと、あの子たちが手伝ったあたりなんでしょうねぇ。

あら、両手に料理を抱えたウルルたちがやって来ました。


「だいじょぶっスか?手伝いますよ」
「キスケさんは座っててください……お手伝いさせちゃダメだって言われてます」
「そーだぜ!! 店長に手伝わせたら、オレたちがしばかれる!!」
「こらジン太くん、私そんなことしないよ?」


いつのまにか現れて、苦笑いしながら、ジン太の頭を軽く小突く由里果サン。
それにしても!! 真っ白なエプロンなんて、何のサービスですかまったく!! けしからない!!


「店長?ニヤニヤしてんな」
「誕生日っスからね。お祝いされたらそりゃあ嬉しいっスよ」


不審なくらいつり上がる口元を扇子で隠しながら、テーブルを眺める。
六人で食べるにしてもかなりの皿数、多分これは夜一サンへの配慮っスね、うん。


「あとはケーキのお皿だけだから、もうちょっと待ってね」
「はぁい。由里果サンのお願い事なら、いくらでも待ちますよん」


何気ない言葉に由里果サンが頬を赤らめたところで、パチンと灯りが消される。
そして、ケーキの乗ったお皿を持ったテッサイサンのご登場!!


「ケーキ大きいっスね、これ由里果サンが全部?」
「飾り付けとかは雨ちゃんとジン太くんにも手伝ってもらったけどね。生地は私!!」


離れていた間に、随分料理が上手くなったようで。
きっとテーブルに並んだごちそうたちも美味しいんでしょう。
夜一サンより先に、全部食べないと。


「それじゃ、喜助さん……お誕生日おめでとう!!」


おめでとう、と全員の声が重なって、蝋燭を吹き消すと、拍手が響く。
こんな誕生日、何年ぶりでしょうね。最近は忘れられっぱなしでしたし。

ごちそうや、ケーキや、飾り付けよりもずっと、由里果サンが居るという事実が嬉しくて嬉しくて。


「ありがとうございます……大好きですよ」

暗闇に乗じて、こっそり由里果サンにキスする。また赤くなった由里果サンの耳元で、


「後で部屋に来てくださいな」


"プレゼント"欲しいっスから。
そう囁いたところで、電気が点いた。


「そ、れじゃあ、はははは早くごちそう食べよう!? 冷めちゃうから!!」

顔を隠すように俯きながら、ヤケみたいな勢いで、いただきます!! と叫ぶ由里果サン。
やっぱり可愛いっスね、ボクの彼女。




「喜助さん」
「はぁい?」


ごちそう争奪戦が激化してきた頃に、名前を呼ばれた。
きっと、チキンを取り合う皆には聞こえてませんね。


「これからも、何百回でもお誕生日祝わせてね?離れてた分を取り返したいわけじゃないけど……」

今度はこっちが赤くさせられる番。
これはつまり、"ずっと一緒に居ようね"ってことで良いんですよね。


「当たり前じゃないっスか……これからもずーっと祝ってくださいよ」


柄にもなく泣き出しそうになってしまって。

死神のボクが言うのもなんですが、運命の神は案外いるのかもしれませんね。あの、昔の誕生日の願いを聞いてくれたんだ。

そこに由里果サンがいるだけで、最高の誕生日プレゼントなんですから。


Happy birthday Kisuke!!
ALICE+