キラキラした柄の付いたメイクブラシ、カラフルなアイシャドウパレット、様々な色をした何本もの口紅。
女の子なら胸をときめかせずに居られないメイク道具がぎっしり入ったメイクボックスに、トガは目をキラキラさせる。

「想さん·····どうしたんですか、コレ·····!」

「·····ん?あぁ、俺の古い仕事道具を整理してんだよ。こう見えてヴィランになる前は、メイクアップアーティストやってたからな」
「わぁあ·····みんなカアイイ·····」

トガはヴィランといえども年頃の女の子らしく、色とりどりのメイク用品を見てうっとりしている。

「·····ちょっと、使ってみるか?」
「え、いいんですか?」
「あぁ、新品の化粧品が何個か残っててよ、腐らすのも勿体ねぇし。それに·····」
「·····それに?」
「今は、俺のメイク道具見て目をキラキラさせてる可愛い俺のヒミコを、さらに可愛くしてやりてぇ気分なの♡」

そう言うと、想はトガの額にチュッとキスを落とす。
それにトガは嬉しそうに笑って、「ありがとうございます」とお礼を言った後で、想の頬にも軽くキスをした。


「んじゃ、可愛くしてやっから目ェ閉じてろよ·····」


それから想は、手際よく化粧を施していく。
まずはトガの顔に下地クリームを塗り、肌を整える。
次にファンデーション。これもトガの肌質に合わせて薄付きにしてやる。

いつもの想の言動や行動からは想像できないほど繊細な手つきで、想の節くれだった男らしい指の腹で優しく撫でるように塗られたそれは、まるで魔法のよう。
ふわふわのブラシでパウダーを顔全体にふわりと乗せて、目元には涙袋を強調し、さらに瞳を大きく見せるためにアイラインを引く。
眉毛は綺麗なアーチを描くように描き、鼻筋は少し高めに通す。
唇は潤いのあるツヤ感を出すため、リップグロスを薄く塗った後に、彼女が好きな色の口紅を引いた。
たったそれだけで、普段より大人っぽい雰囲気になったトガを見て、想は満足げに微笑む。

「おぉ〜·····うん、我ながらなかなか良い感じじゃねーか?手鏡出してやるから見てみろよ」
「わ·····!すごくカアイイ!!私じゃないみたい!」
手鏡の前でまじまじと自身の姿を眺めているトガの姿はとても楽しげだ。そんな恋人の姿もまた愛しく思い、想は再びトガを抱き締める。
「んん〜·····俺のヒミコはほんっと可愛いなぁ·····!!」
「もう·····想さんってば」
トガはくすぐったそうに身を捩らせながらも、満更でもない様子で想の腕の中に収まっている。
「あー、でも·····元から可愛いヒミコがさらに可愛くなっちまったら、他の男が放っておかねぇだろうなァ·····」

想は拗ねたようにそう言って、抱き締めたままのトガの首筋を優しくかぷかぷと甘噛みした。
その様子がまるで仔犬のように思えて、トガはクスリと笑う。
「大丈夫ですよ。だって私は想さんのモノなのです」
「·····そうかぁ?·····ヒミコがそう言うなら、安心だけどさぁ」
それでもどこか不安そうな表情をする想。トガは彼の顔を両手で挟んで、自分を見つめさせる。

ふるふると震える想のオッドアイの瞳と視線を合わせて、トガは告げる。
「信じてください。私の心も身体も、全て想さんのものなんですから」
「········ヒミコ」
「んっ」
想はトガの顎に手をかけて、ゆっくりと彼女の唇にキスをする。
そして口を離したあと自分の唇についた口紅を親指で拭った想は、まるで獲物を前にした肉食獣のような視線をトガに向ける。
「·····やっぱり、外出るのやめるか」
「え?どうしてですか?」
「·····ヒミコが可愛すぎて、このまま誰にも見せたくない」
そう言うと、想はもう一度トガの唇を奪った。今度は深く、舌まで絡めるような深いキス。
トガは息苦しさと気持ち良さにくらりとして、思わず想の服を掴む。
「んぅ········ッ、ふ、ぁ」
「········」
長い口付けの後、名残惜しそうに互いの唇を銀糸が繋ぐ。
トガは酸欠でボーッとしているのか、惚けたような顔で想の顔を見る。その頬はチークにも負けないほどに紅潮していて、瞳もとろんとしていた。
「·····あぁ、ダメだ本当に可愛すぎる。今日はもう俺の部屋から出したくねぇ」

そう言うと、想はトガをギュッと抱きしめる。

「ひゃっ!」
「俺は敵連合の男連中にさえ、可愛すぎるお前を見られたくねぇんだよ·····そういや俺、荼毘のこと執着心の塊って呼んでたけど·····あいつのことバカに出来ねぇなァ」

フーッフーッ、と想の荒れた息がトガの首筋にかかる。彼の興奮している様を感じて、トガはゾクッとした。

「·····そ、想さん·····お化粧、崩れちゃう·····」
「ちゃんと落としてやるし、明日も綺麗にしてやっから·····なぁ、いいだろ?」
「·····いい、ですけど」
「じゃあ決まりだな」
想はトガを抱えて歩き出し、彼女をベッドに優しく横たえる。
「·····メイク落としとかは、全部後回しでいいだろ?」
「え?あの、ちょっと·····」
「俺が責任持って、ぜーんぶ綺麗にしてやるからさ」
「ちょっ·····」
想はトガの制止を無視して、そのまま覆い被さった。
愛おしくてたまらないと言わんばかりにちゅっ、ちゅっ、と音を鳴らして顔じゅうにキスをされ、トガは抵抗する気力を無くしていく。

「·····好きだ、愛してる」

とろんとした甘い声で囁かれて、トガは恥ずかしげに頬を染めながら想の背中に腕を回して胸元にすり寄った。
そして甘えたようにぎゅっと抱きつくと、想は嬉しそうに笑ってトガの身体を抱き締め返す。
「どうしたー?可愛い甘えん坊め」
「ん·····想さんの匂い、落ち着く」
「そりゃ良かった。俺もヒミコの香り、大好きなんだよなァ」
そう言ってトガの頭に鼻先を埋め、くんくんと嗅ぐ。トガはくすぐったそうに笑った。
「想さんの匂い、好きです」
「おぉ、ありがとな。まぁ俺はヒミコならなんでも好きなんだけどよ」
「ふふ、嬉しいです」
トガは想の胸に埋めていた顔を上げ、上目遣いで想の顔を見上げる。
そして、少し照れたように言った。
「·····想さんの声も、好き」
「へぇ、そうなのか?どんな風に?」
「えーと、低い声も、優しい声も、お喋りする時の楽しげな声も、怒った声さえも全部好きです」
「おぉ、そうか。ありがとうよ」
想はトガの髪を手ですきながら、もう片方の手で彼女の腰を引き寄せてそのまま頬を包み込むように手を添える。
トガも応えるように想の背に回していた手に力を込めた。

「·····俺にはもう、ヒミコしか無いんだよ。厄介な病気ふたつも抱えた出来損ない個性の男なんて、お前以外誰も相手にしてくれねぇからな」
「·····私がいるじゃないですか」
「ん、そうだよ·····お前だけは俺を受け入れてくれた。こんな俺を救ってくれた!!こんな俺を愛してくれる女はお前だけだよ·····お前は俺の女神様なんだ」
そう言うと想は、トガの顔中にキスを落としていく。トガはそれを嬉しそうに微笑んでそれを受け入れた。

「·····だから、他の男に目移りなんかしたら承知しねぇぞ」
「しないですよ。想さんこそ、浮気は許さないのです」
「はは、分かったよ。俺のヒミコは嫉妬深いんだもんな」
「当たり前です」
トガは想の首に両腕を回すと、自ら唇を重ねた。
「·····私以外の女の人と、仲良くしたりしないでくださいね」
「ん、分かってる·····愛してるよ、ヒミコ」
「私も愛してます、想さん」

普通の『愛』を知らない哀れな2人の、これが唯一の愛の形。
誰にも理解されずとも、二人にとってはそれが真実なのだった。

·····この後、想は約束通りトガのメイクを落とし、そのままたっぷりお互いを求め合って愛し合った2人は、ベッドの上で寄り添いながらまた愛を囁きあっていた。

「·····今日は、ヒミコに俺のワガママ聞いてもらったから·····明日は、どこかヒミコの行きたいところにデートに行こうか?」
「えっ·····ほんとですか!?」
「あぁ。また綺麗に化粧して、髪も綺麗にツインのお団子にして·····俺が選んだ服を着てくれるか?とびっきり可愛くしてやろうな」
「わあっ·····!」
「そんで、他の女共が霞むくらいにめちゃくちゃ可愛くして·····他の可哀想な奴らに見せつけてやるんだよ、俺のヒミコは最高に可愛くて美人だろ、ってな」

とろんと蕩けた目で、でも嬉しそうに笑う想に、トガもまた幸せそうに笑い返した。

「明日が楽しみ·····想さんと、どこに行こうかな」
「·····お前が行きたいところなら、どこでも連れて行ってやるさ」
「·····ふふ、嬉しい」
·····こうして、彼らの歪んだ愛に満ちた1日は終わりを告げる。その次の日、トガは宣言通りに可愛らしい格好をして想と共に出かけた。
しかし、それを目にした通行人たちが男女問わず見惚れて立ち止まるものだから、トガは恥ずかしさのあまり想の腕にしがみついて顔を隠そうとするのであった。
ちなみに、その様子を偶然見た荼毘とあおぎはこう呟いたという。
───やっぱりアイツらのイチャつき方は異常だな、と。


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