「·····物間はさー、氷麗のこと好きなのか?」
「ッハァァアッ!?」

唐突に印玖から投げられた恥もデリカシーもない質問に、物間は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「うわうるせェ」
「と、ととと、突然何を言ってるんだい君は!ぼ、僕が雪ノ沢さんを好きとか、あ、有り得ないだろう!」
「·····最近のお前、よく氷麗のことを目で追いかけてんの気づいてるか?」
「うぐぅっ!?」

痛恨の一撃だった。まさかそんな所を見られているとは思わなかったし、それを指摘されたことに対する羞恥心もあった。

「おぉ、マジかよ。こりゃ意外だな·····お前みたいなクズにも、人を愛する心があったんだな·····!!」
「ち、違う!!そ、そういうんじゃない!!」
「えー、じゃあどういうんだよ?」
「え、えっと·····それはその·····」

物間がそう言い淀んだ瞬間、クーラーのようなひんやりした冷気とともに、B組の教室のドアから氷麗が顔を出す。

「ねぇねぇ、物間くん居るー?」
「お、氷麗じゃん。物間に用事か?」
「うん、そーなの·····って物間くん、ここにちょうどいたじゃん!良かった!」
「ヒョエッ·····!?ゆ、雪ノ沢さん·····ど、どうしたんだい?」
「うん、ちょっと話があるんだけど·····いいかな?」
「べ、別に構わないけれど·····何の話だい?」
「それがね·····今日の放課後の個性訓練、物間くんが嫌じゃなかったら·····私とペア組んでくれない?」
「ふぇっ!?」
まさかの提案に、またも物間の口から素っ頓狂な声が出てしまった。
「まぁ、無理にとは言わないけど·····どうかな?」
「·····う、嬉しい提案だけど·····どうして僕なんかを誘うわけ?」
「元々は鶚とペアだったんだけど·····あの子、ハーピーの個性でしょ?今日の朝から換羽期が始まっちゃって、飛べなくなっちゃったの·····」
「それで僕に白羽の矢を立てたわけかい?」
「うん·····駄目、かな?」
上目遣いで聞いてくる氷麗の姿は、まるで小動物のように愛らしく、守ってあげたくなるような可愛さだった。
(くっ·····可愛いじゃないか!!)
「·····あ、無理にとは言わないよ!もしダメだったら骨抜くんとか継剥木くんにでも頼むし·····」

物間が黙っているのを拒絶と捉え、氷麗はすぐに諦めようとする。
しかし、この千載一遇のチャンスを他の男に譲ってやるほど物間は優しくはなく、むしろここで断れば男として失格だとすら思うほどだ。
「·····し、仕方ないなぁ!!君がそこまで言うなら、僕がペアになってあげようじゃないか!!」

いつも通りの上から目線な態度で、彼は氷麗の誘いを受け入れる。
「そうじゃねぇだろ·····」と言いたげな印玖の顔を無視しながら。
「ほ、本当!?ありがとう!!」
それでも、自分の頼みを聞いてくれたことに嬉しさを感じているのか、満面の笑みを浮かべて礼を言う氷麗を見て、物間もまた微笑む。
「ふふん!僕は嘘なんてつかないからね!君の個性訓練に付き合ってあげるよ!」
「·····わぁ〜!物間くん、ありがとう!物間くんってすごく優しいんだね!」
「ハッハァーッ!!そうだとも!もっと褒めてくれたまえよ!!」

「こりゃだめだ」と言いたげに首を振る印玖をスルーしながら、物間は得意気に胸を張る。

「ふふ、ほんとにありがとね!実は私·····物間くんと1回、ペアを組んでみたかったんだ〜」
「そ、そうなんだ?それなら僕も嬉しいよ!」
「うん!じゃあ放課後、訓練場で待ってるね〜!」
手を振って去っていく氷麗を見送る物間の表情は、どこか満足気なものになっていた。

「·····おい物間、お前本当にそれで隠せてるつもりなのか?あからさますぎて見てられねえぞ」

印玖はニヤニヤしながら物間に近づき、彼の肩に手を置く。
「べ、別にそんなことは·····ぼ、僕だってその気になれば、ちゃんと隠し通せるに決まってる!!」
「いーや、無理だな。お前は氷麗の前では絶対ボロが出る。100%だ。俺の晩飯のデザートに買ったモロゴフのプリンを賭けてもいい」
「ぐぬぅっ·····!!き、君は人のプライベートにずかずか入り込んできて·····デリカシーがないんじゃないか?」
「うるせェな、一佳にも散々言われてっから知ってるよ」
「じゃあなんで止めないんだ!?」
「そりゃ面白えからに決まってんだろうが」
「ぐぅっ·····!」
物間が歯軋りして悔しがると、印玖は愉快そうに笑い出す。そして、物間の耳元に口を寄せ、こう囁いた。
───頑張れよ、色々とな。
その言葉の意味を理解するのには時間が掛かったが、物間はその意味を理解したとき、顔を真っ赤にして震えていた。


·····そして放課後。

氷麗との約束通り、物間は彼女の待つ訓練場へと足を運んだ。
するとそこには既に、氷麗の姿があった。
しかし、彼女は普段の制服姿ではなく、雄英の体操着を着ており、物間が来たことに気づくなり笑顔になる。その可愛らしい仕草に物間もドキッとしたが、すぐに平静を装い、彼女に話しかける。
どうやら、まだクラスメイトたちは来ていないようだ。

「みんな、まだ来ないのかなぁ」
そう呟く氷麗だが、物間にとってそれは好都合だった。
(よし、これで誰にも邪魔されずに雪ノ沢さんと二人きりになれる·····!!)
物間が内心ガッツポーズをしている中、氷麗は彼に歩み寄り、笑顔を見せる。
緊張し、時に声が裏返りながらもそれをおくびにも出さないように平静を装った。

·····その時、1匹の蜂が氷麗の元へ飛んできた。
それを視認した氷麗は「きゃあああっ!」と驚いて、咄嗟に物間に抱きつく。
「うわぁっ!?」
突然の出来事に物間も驚き、片手で氷麗を受け止めると、空いている方の手を振って蜂を追い払った。

「ご、ごめんね物間くん·····私、昔から虫が苦手なの·····」
「·····い、いや、いいんだよ·····それより、大丈夫かい?」
「うん、ありがとう·····」
申し訳なさそうにする氷麗に物間は優しく微笑むと、氷麗もホッとした様子になり、頬を赤く染めながらはにかんだ。
「物間くんって、やっぱり優しいね」
「べ、別にこれくらい普通さ。それに、君を助けたわけじゃないし·····」
「ふふ、そういうところだよ?」
「な、何がだい?」
「何がって、物間くんの素敵なところがいっぱいあるなって思っただけ」
「ふぇっ!?」
「·····物間くん、いつも自信満々な感じだけど、実は誰よりも努力家で負けず嫌いなところとか、私、すごいと思うな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ雪ノ沢さん·····!!」
「物間くん、勉強も運動も個性の訓練も、全部頑張ってるよね。体育祭のときもそうだったけど、私はそんな物間くんを尊敬してるし、素敵だと思う」
「いや、あの、その·····」
「·····だから私、物間くんのこと大好きだよ」
「もう勘弁してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
物間の絶叫が、広い訓練場に響き渡った。
「ど、どうしたの物間くん!?」
「どうしたのじゃない!なんで急にそ、そんな·····僕のことを好きだなんて言うんだい!?」
「·····訓練に来る前、印玖が「物間はモテるから、お前が物間のことが好きなら早く告白しろ」って言ってたけど、あれって冗談だったの、かな·····」
「·····あの野郎ぉ」

物間は印玖への殺意を募らしながらも、今はそれよりも氷麗のことだ。

「·····わ、私、何か変なこと言ったかな?ご、ごめんね、いきなりこんなこと言って·····」

物間が慌てている理由が分からない氷麗は、困惑しているような表情を浮かべている。
次第に氷麗のまろ眉がゆっくりと下がり、悲しげな顔になっていく。
それを見た物間は「あーっ!!」と叫び、自分の頭をガシガシと掻いてから氷麗の両肩を掴んだ。
「わっ!?」
「ち、違うんだ雪ノ沢さん!!ぼ、僕はただ、君の口から好きって言われたのが初めてで、どうしていいか分からなかっただけで·····」
「そ、そうなの·····?」
「あぁ、そうさ!!君が僕のことを想っていてくれて嬉しいよ!!もちろん僕だって、君のことは大好きさ!!」
「ほ、ほんとに·····!?」
「そうだよ!ペアの相手探しだって、ほかのクラスメイトじゃなくて僕を1番に選んでくれたことも嬉しかった!君みたいな可愛い子に好かれるなんて、僕は幸せ者だ!!」
「ふ、ふえぇっ·····!!??」
物間の言葉に、氷麗の顔はみるみると真っ赤に染まっていく。
物間もまた、自分が何を言っているのか理解できていないのか、氷麗と同じように顔を真っ赤にしていた。
「も、物間くん·····その、手·····」
「へっ?あっ·····」
氷麗に指摘されて、物間は自分の両手が彼女の両肩に置かれていることに気づいた。
「す、すまな─────」
「あ、謝らないで·····」
「えっ·····」
物間が謝罪しようとすると、氷麗は小さな声でそれを遮り、彼の手にそっと触れた。
そして、物間の目をじっと見つめると、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、こう告げた。
「·····んふふ、物間くんの手·····あったかくて溶けちゃいそう·····」

白く長い睫毛が影を落とす瞳を細めて、氷麗は照れたように笑う。
その笑みを見て、物間は胸の奥底から湧き上がる熱い感情に動かされるように、無意識のうちに氷麗の身体を抱き寄せていた。
「っ!?」
氷麗の息を飲む音が聞こえたが、物間はそれどころではなかった。

「·····僕は、素直じゃないから·····きっと、この気持ちを伝えることはないだろうと思ってた」
「も、ものま、くん·····」
「でも今、こうして雪ノ沢さんを抱きしめて、改めて実感したんだ。やっぱり僕は、君のことが好きだ。大好きだ」


心臓が破裂するんじゃないかというほど鼓動が激しくなり、全身が熱くなっていく。
それは彼女の周りの冷気でも消せないほどの熱さで、物間は氷麗を強く抱き締める。
その抱擁に応えるかのように、氷麗も物間の背中に腕を回した。
そして二人は見つめ合い、「ちゅっ」と軽くキスをする。
数秒後、氷麗は名残惜しそうに唇を離すと、物間を見上げて微笑む。その笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも可愛らしく思えた。
「ふふっ、なんだか夢みたい」
「ゆ、ゆめ?」
「うん。物間くんの彼女になれたらいいなぁ〜とは思ってたけど、まさか本当になれる日が来るなんて。しかも、物間くんの方から告白してくれるなんて、想像もしてなかったよ。ふふっ、これも印玖のおかげかな?」
「な、なんでそこであいつの名前が出てくるんだい·····?」
物間は不満げに顔を歪めると、氷麗は悪戯っぽく笑いながら、物間に耳打ちするように小声で囁く。
「·····印玖はね、私が物間くんのことが好きって知ってたんだよ?」
「なっ·····!?」
「物間くんは気づいてなかったかもしれないけど·····本当はペア組むの断られたら、訓練休んじゃおうかなって考えてたんだよ?」
「えっ、えっ·····!?」
「あ、鶚が換羽期になったのは本当だよ。でも、物間くんと一緒に居たかったから嘘ついちゃった。ごめんね?」
「っ·····!!」氷麗のカミングアウトに、物間は開いた口が塞がらなかった。
氷麗が自分を誘ってきたときは驚いたし戸惑ったが、内心では自分を選んでくれたことに喜びを感じていた。しかし、彼女がそんなことを考えていたなど知る由もなく、物間は氷麗の言動に納得した。
「そうか、そういうことだったのか·····」
「うん。だからね、物間くんが私のこと好きって言ってくれて、とっても嬉しい。ありがとう」
「うぅ、雪ノ沢さん·····!!」
物間は感極まって再び彼女を力強く抱き締めた。
「きゃっ!?も、物間くん·····!?」
「好きだ、好きだよ雪ノ沢さん!」

そう物間が言った瞬間、氷麗はぷーっと頬をふくらませて物間の口を指先で塞いだ。

「むぅ·····つ・ら・ら!恋人同士になれたんだから·····氷麗って、呼んでほしいな·····寧人くん」

上目遣いで物間の名前を呼ぶ氷麗に、物間はドキッとして頬を赤く染める。「あ、あぁ·····ごめん、氷麗」
「ふふっ、嬉しいなぁ·····寧人くんに名前で呼ばれちゃった」
氷麗は花が咲いたような明るい笑顔を見せると、物間もつられて笑顔になる。
そんなとき、物間の視界に『ある光景』が映った。
「っ!?」
「どうしたの、寧人くん?」
「あ、いや·····なんでもないよ」
物間の視線の先には、訓練場の入口付近にいる印玖と彼の恋人である拳藤の姿があった。
経緯を知らない拳藤は「嘘でしょ·····」と言いたげな表情を浮かべ、全てを察した印玖は物間に向かって親指を立てると、ニヤリとした笑みを浮かべてサムズアップをしてきた。
「は、ははっ·····」
物間は呆れ果てながらも、氷麗には見えないように印玖たちに向けて中指を立てたのだった。


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