恥ずかしがり屋なのは知ってるけど

·····個性訓練の最中、ふわふわと空中に浮かぶ彼女の姿がまるで妖精みたいだ、と天喰はぼんやり思った。


「·····なぁに環?そんなに見つめられたら、私の幽体が溶けちゃいそうよ〜」


そう言って、天喰の彼女である幽香はニコリと微笑む。
その言葉に驚いた天喰は頬を赤くしながら慌てて目を逸らすが、それでも未だにチラチラと幽香を見ていた。


「·····ごめん、つい」

「ふふ、嘘よ〜·····貴方は私の恋人なんだから、私の事·····遠慮しないでいっぱい見てもいいのよ〜?」


そう言うと、幽香はふわふわと浮かんだまま天喰に近づいて天喰の手を優しく握った。
すると、幽香のひんやりした体温が手を通して天喰に伝わる。


「·····つめたい、ね」

「あら〜·····嫌だった〜?」

「ううん、全然。むしろ気持ち良いくらいだよ」

「なら良かったわ〜」


幽香は再びニコリと笑うと、ちゅっと天喰の額にキスをする。


「·····ほぁッッ!?」


不意打ちのような行為に天喰は顔を真っ赤にして飛び退く。
その反応を見た幽香は、楽しそうにクスクス笑った。


「うふふ、なかなか慣れてくれないのね〜·····でも私、環のそんな所も可愛くて大好きよ〜」

「·····かっ、からかわないでくれ、幽香!」

「あら〜?からかってなんかいないわよ〜?だって私が環のことを好きなのは本心だもの〜」

「っっ·····!!」


顔を真っ赤にして俯く天喰に、幽香はまたふふっと笑ってこう言った。


「·····ねぇ、もう一度キスしてもいいかしら〜?」

「ダメ!絶対ダメ!!」


持っていたバインダーを盾にする天喰に、幽香は「環のケチ〜·····」と文句を零す。


「ねぇ、今はここに誰もいないわ〜·····私たち2人きりだからいいじゃないの〜·····」


そのままぷく、と頬を膨れさせながら、幽香は上目遣いで天喰を見る。


「だ、ダメなものはダメ!」

「·····む〜、じゃあ代わりにギューって抱きしめてくれないかしら〜?」

「えぇ·····それならまぁ、うん·····」


天喰がぎこちなく両手を広げると、幽香はその腕の中にスポッとはまる。
そして、そのまま天喰に抱きつくようにして身体を寄せた。


「(·····あっ、やばい、これすっごいドキドキする)」


天喰の顔は耳まで赤く染まり、心臓が激しく鼓動していた。
幽香もそんな恋人の姿を見ると、「可愛いわ〜」と言って天喰の首筋辺りに顔を埋めてスリスリとする。


「(ちょっ·····待ってくれ幽香!!それは反則過ぎる!!色々ヤバいんだけど!!?)」


このままでは自分の理性が保てるかどうか分からないと危機感を覚えた天喰は、慌てて幽香を引き剥がす。


「んぅ〜·····どうして引き剥がそうとするの〜?」

「ご、ごめん幽香。ちょっと離れてくれるかな」

「·····ぜったい、いや〜〜!」


そう言うと幽香は個性である「幽霊化」を発動させて、天喰の腕をすり抜けて再び彼の懐に飛び込む。


「·····ゆ、幽香!?」

「ふふ〜ん」


突然の行動に驚く天喰を見て、幽香は悪戯っぽい笑顔を浮かべると、そのまま天喰に抱きついて首元へ顔を埋める。


「ゆ·····幽香、お願いだから離れてくれないかい?」

「·····いやなの〜」


そう言うと幽香は天喰の胸板に頭をぐりぐり押し当てる。
それでもまだ幽香を引き剥がそうとする天喰に、幽香は頬をぷく、と膨らませたあと俯いてこう言った。


「環は·····私の事、嫌いなの〜?それとも、めんどくさいって思うの〜·····?だから、触れてくれないの〜·····?」


·····そう、不安そうな声で幽香は呟いた。


「そ、そんな事ないよ!俺は幽香が本当に好きだし·····君に触れたいとも思ってるよ!!」


慌てて天喰が否定するが、幽香は俯いて黙り込んでしまう。
天喰はどうしたものかと思い、とりあえず幽香を抱きしめた。


だが幽香は拗ねたのか、するりと幽霊化して天喰の腕をすり抜け、床に半分埋まるようにうつ伏せに寝転がってしまった。

·····これは彼女が相当拗ねてる時の行動だと知っている天喰は、幽香の側に腰掛けると優しく彼女の髪を撫でる。


「ごめんね、幽香。俺、君のこと面倒くさいだなんて思った事は一度も無いよ。ただ·····恥ずかしかったんだ」

「·····本当に〜?」

「うん、本当だよ」

「じゃあ·····私の事、好き〜?」

「もちろん」


その言葉を聞くと、幽香はパァッと顔を輝かせて勢いよく起き上がる。


「その·····俺は、こんなだから·····言葉とか、足りないと思うけど······それでも、ちゃんと幽香の事が好きだよ」

「·····ふふ、嬉しいわ〜。私も環の事が大好きよ·····愛してるわ、環」


そう言って幽香は再び天喰の胸に顔を埋めて、ぎゅっと強く抱きしめる。
そんな幽香の背中に手を回して、天喰も彼女を抱きしめ返した。


「(ああ、幸せだ·····)」


好きな人とこうして2人きりで過ごせる時間は、何物にも変え難い幸福だった。


「·····ねぇ、環〜」

「ん?」

「あなたから、キスをして欲しいわ〜」

「えっ」

「·····今ここで、あなたからキスして欲しいの〜」

「えぇ!?」

「·····ダメかしら〜?」

「うぐっ·····」


上目遣いで見つめてくる幽香に、天喰は先程のこともあり何も言えずに押し黙ってしまう。
そして数秒ほど悩んだ後、覚悟を決めたかのように大きく息を吐くと幽香を真っ直ぐに見据えた。


「·····はぁ、負けたよ·····幽香、目を瞑って」

「はぁい、わかったわ〜」


素直に従う幽香の顔に手を添えて、ゆっくりと唇を重ねる。柔らかさと温もりを感じながら、天喰は何度も角度を変えて口付けをした。
やがて名残惜しそうに天喰が離れると、幽香は瞳を潤ませながら蕩けた表情を見せる。そんな恋人の姿にドキッとした天喰だったが、何とか平静を保つことに成功した。


「はぁ、はぁ·····(やばい、めっちゃドキドキした)」


今までにないくらい緊張していた天喰は、呼吸を整える。一方、幽香はというと、両手を頬に当てて顔を真っ赤に染めていた。


「·····環、もう一度だけ·····いいかしら〜?」

「えっ!?」

「·····ダメ〜?」


首を傾げながら訊ねてくる幽香を見て、天喰は思わずゴクリと唾を飲む。
そして意を決すると、再び幽香の顎に指を当てて顔を寄せてキスをした。


「·····も、もうおしまい!!」


天喰は慌てて幽香から離れると、幽香は「·····もっとしても良かったのに〜」と言って残念そうにする。


「こ、これ以上は無理!!心臓が持たないから!!」

「·····ふふ、それは困ったわね〜」


そう言いつつも幽香は嬉しそうに微笑むと、天喰の手を握って自分の頬に引き寄せるとスリスリと頬擦りする。その仕草が何とも可愛らしくて、天喰は悶絶してしまいそうになった。


「·····あのさ、幽香」

「なぁにぃ〜?」

「ここだと、その、恥ずかしいから·····今夜こっそり、俺の部屋に来れるなら······来てもいいよ」


恥ずかしそうにしながら天喰が言うと、幽香は一瞬ポカンと呆気に取られたような顔をするが、すぐに妖艶な笑みを浮かべる。


「あらあら〜·····そしたら、私の事·····いっぱい愛してくれるわよね〜?」

「あ、愛すって·····!そのつもり·····だけど·····」

「ふふ、嬉しいわ〜·····じゃあ今夜、環の部屋で待っててね〜·····?」


幽香の言葉に天喰は照れて耳まで赤くしてしまうが、幽香はクスリと笑うだけで特に何も言わなかった。


「わわ·····幽香ちゃん、おっとなぁ·····」

「·····なぁ、俺、砂糖吐きそうなんだけど」


·····それを偶然盗み見てしまった繰実と九尾は、揃って頭を抱えていたのであった。



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ゆったりした大人っぽい女の子っていいですよね!!!
あと、天喰はなんだかんだで本当に2人きりなら勇気出してイチャつけるタイプだと勝手に思ってます!!

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