だって、いい匂いだから

「·····ん〜、いずくんの髪の毛·····ふかふかでふわふわ·····癖になりそう·····」


琉音はそう言って、隣で添い寝している出久の髪の毛に後ろから顔を埋めて、ずっとすりすりと頬擦りをしていた。


「もう·····琉音ちゃん、くすぐったいよ」


出久がそう言って振り返り、腕を伸ばして琉音の頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうな声を漏らした。


「えへへ·····だっていずくんの髪の毛、くせっ毛だからふわふわでふかふかで·····いずくんのいい匂いまでするんだよ?最高だよぉ·····」

「そっかぁ、じゃあ僕もお返しに·····」


出久はそう言うと、琉音を抱きしめる力を強めて彼女の頭に自分の顔を近づけた。
そして、琉音がした事と同じように彼女の髪や耳元へ鼻先を押し当ててすんすんと匂いを嗅ぐと、琉音はくすぐったかったのか体をビクッと震わせた。


「ひゃんっ!」

「·····ほんとだ、これは癖になるかも」

「うぅ·····私の真似しないでぇ·····恥ずかしいよぉ·····」

「ごめんね、でも琉音ちゃんだけずるいと思うんだよね」

「えー?」

「だから今度は僕の番!ほら、ちゃんとこっちに体を向けて?」

「むぅ·····仕方ないなぁ」


渋々といった様子だが、素直に出久の方を向いてくれる琉音。そんな彼女に、彼は再び抱きついて首筋あたりに顔を埋めると、頬で髪の毛の感触を楽しみながらそのまま琉音の匂いを嗅いだ。


「すんすん·····」


琉音のさらさらのピンク色のロングヘアに顔を埋めれば、シャンプーのいい香りに混じって琉音の甘い香りが漂ってくる。
その事に気がついた出久は、更に強く彼女を抱き寄せながら何度も深呼吸をした。


「すーはー·····すーはー·····」

「んんっ·····くすぐったいよぉ·····」


髪や頬にかかる息がくすぐったいのか身を捩らせる琉音だったが、それでも離れようとはせずに、むしろもっとして欲しいというように出久の背中へと手を回してぎゅっとしがみついてきた。


「(·····ああもう、可愛いなぁ)」


琉音は元からおっとりしていて人懐っこい性格ではあるが、幼なじみで恋人の出久の前だけではひどく甘えん坊に変貌してしまうのだ。今もこうして自分から離れずにぴったりとくっついている事からもそれは明らかだった。
そんな彼女が可愛くて愛おしくなり、思わずまた髪を撫でたり匂いを堪能したりしてしまったのだが、琉音はそれを咎めるような事はしなかった。
やがて満足するまで匂いを嗅いで癒された出久は再び琉音の顔を見つめると、彼女と目を合わせて優しく微笑みかけた。


「·····やっぱり、琉音ちゃんっていい匂いするよね。石鹸とかじゃなくて、琉音ちゃんって感じのいい匂いがする。」

「んー?いずくんもいい匂いだよ?ずっと嗅いでられる·····」

「そっか、ありがとう。僕も琉音ちゃんの匂い好きだよ」

「ふふっ·····嬉しいな」


お互いに相手の匂いが好きだとわかり、嬉しくなって笑い合う二人。
·····それからしばらくすると、出久が思い出したかのように口を開いた。


「ねぇ知ってる?相手の匂いが好きだと、遺伝子的に相性がいいんだって」

「そうなの?」

「·····うん。だからきっと僕らはお互いに相性がいいんだね」


そう言って、幸せそうな笑みを浮かべて見つめてくる出久を見て琉音もまた幸せな気分になり、彼につられて笑顔になった。そして二人はどちらからともなく唇を重ねると、お互いの存在を確かめあうかの如く夢中になって舌を絡ませ合った。

静かな部屋の中に響く水音と二人の荒くなった吐息の音だけが響き渡り、まるで世界に自分たちしかいないかのような錯覚に陥る。しかしそれも長くは続かず、しばらくしてから名残惜しそうにゆっくりと口を離すと、互いの唾液によって銀色に輝く糸が伸びてプツンと切れた。そして琉音は熱っぽい瞳で出久をじっと見つめる。


「いずくん·····好き、大好き·····」

「僕もだよ、琉音ちゃん」

「んぅ·····」


そう言って、今度は琉音の方からキスをしてきた。それを受け止めた出久は彼女の頭を撫でながら、自分も負けじと彼女の体に腕を回すと抱き寄せて密着した。
その際にお互いの匂いがお互いの鼻腔をくすぐり、思考を甘く蕩かしていく。


「ふふ·····いずくんは暖かいねぇ·····」

「ん、僕も·····すごく温かいよ」


触れ合っているところから感じる温もりに、心まで満たされていく感覚を覚え、出久と琉音は同時に目を細めてうっとりとした表情になる。


「んー、このまま一緒に寝たいけど·····そろそろ私は女子寮に戻らなきゃ·····」


出久はそれを聞いて琉音の額に軽くキスをすると、「行かないで」と言わんばかりに彼女を抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。「わわっ!?」と驚いた声を上げる琉音だったが、すぐにクスッと笑うと出久の胸に顔を埋めた。


「どうしたの、いずくん?」

「もう少しだけ·····もう少しだけ、琉音ちゃんとイチャイチャしたいな·····」

「もう、しょうがないなぁ·····じゃあもう少しだけ、ね?」

「·····ん」


出久は小さく返事をして、琉音を抱きしめている手に少しだけ力を込めた。
すると、琉音は出久の胸の中で「えへへ」とはにかみ、彼の背中に手を回して抱きしめ返す。


「あったかいね·····」

「そうだね」

「·····私、この時間がすっごく好きなんだ」

「うん」

「だからね·····」


琉音はそこで言葉を区切ると、出久の顔を真っ直ぐに見据えて言った。


「·····ちょっとだけ、寝ちゃおっか。」

「もちろん!·····ちゃんと起こしてあげるから、今はここにいて?」


即答する出久に、琉音はとても嬉しそうに微笑むと、もう一度出久に抱きついて頬擦りをした。


「えへへ·····じゃあおやすみ、いずくん」

「おやすみ、琉音ちゃん」


最後に軽いキスを交わして、出久たちは眠りについたのであった。
ちなみに、この後夜中にひっそりと抜け出して女子寮に戻ろうとした琉音が男子寮の玄関前で待ち構えていた相澤に見つかって怒られたのは言うまでもないだろう。





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匂いで相性が分かる云々の話は本当らしいですね。自分と違う遺伝子を探すためとかなんとか。

20220610

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