「やぁぁぁあ〜〜〜だぁぁぁぁあ〜〜!!!!!」


心操の捕縛布にぐるぐる巻きにされながらも暴れている鶚を見て、心操は呆れ顔をしていた。

·····というのも、鶚はミサゴのハーピーの個性を持っているのだが、ミサゴは猛禽類のため、足の爪がとても鋭く尖っており、紙くらいなら簡単に切ってしまうほど切れ味が良い。
それではヒーロー活動に支障が出てしまうため、定期的に切って先端を丸めているのだが·····


·····鶚は、この爪切りが超がつくほど大嫌いなのだ。


というのも、幼い頃はそこまで爪切りが嫌いではなかったらしいのだが、とある時に鳥の爪の構造をよくわかっていなかった医者が思い切り血と神経の通っている部分を切ってしまったらしく、それ以来トラウマになってしまったのだそうだ。

·····といっても、鶚は雄英高校ヒーロー科の生徒。

ヒーロー活動中に故意ではなくとも誰かを傷つけてしまっては困るということで、教師陣協力の元で定期的に爪を切っているのだ。
それから爪切りをする時は相澤によって捕縛布でぐるぐる巻きにされ、ミッドナイトの個性で眠らされて行われるのだが、今日は彼女が不在だったためにこうなってしまったというわけである。

·····今回に至っては、逃げ回る鶚を捕まえるのを心操の訓練代わりにされていたが。


「う゛〜·····ひとしくんの、裏切りもにょ〜っ!!」

「ぜー·····はーッ·····や、やっと捕まえた·····」

「よくやった心操」

「·····しぇんしぇ〜!!これ解いてくだしゃい!!」

「解いたら逃げるだろうが」


そうこうしているうちに相澤がほかの教員に呼び出され、「戻ってきたら爪切るから小鳥遊を逃がすなよ」と心操に一言伝えてからその場を離れた。


「·····お前、爪切りくらいで毎回こんなに暴れ回って·····卒業したらどうする気なんだ?」


心操の素朴な疑問に、鶚は金色の目にいっぱいの涙を溜めて叫んだ。


「わかってるけど、嫌いにゃものは嫌いにゃんだにょ〜!!う、うぅ·····ぐすっ·····ひっく·····」


ついに泣き出してしまった恋人の姿に、心操は思わずたじろいだ。
とりあえず頭を撫でてやると、すんすんと鼻を鳴らしながらも心操の手に頭をすり寄せてくる。
その様子はまるで猫みたいだと、心操は思った。


「·····何でそんなに嫌なんだ?」

「だってぇ·····爪切りは失敗したら血も出るし痛いんだにょ·····痛いにょはイヤにゃんだにょ·····あにょ感覚を思い出すだけでゾッとしゅるにょ·····」

「·····そうか」


確かにそれは嫌だなと思いながら、心操は未だに泣いている鶚の頭を再び優しく撫で続けた。


「·····でも、しないといけないのは分かるよな?」

「ぐすっ·····うん、分かってるにょ·····」

「·····それなら、俺がしてやるよ」

「ふえ?」


突然の心操の言葉に驚いたのか、顔を上げた瞬間に目尻に浮かんでいた涙が頬に流れ落ちる。
それを親指で拭ってやりながら、心操は再び口を開いた。


「爪切り、俺がやってやるからさ。それなら少しは怖くないだろ?」

「·····ひとしくんが?·····でも、迷惑じゃにゃいかにゃ·····」

「大丈夫だよ。これくらい迷惑のうちにも入らない」

「ほんとぉ·····?」

「ああ、本当だ。だから泣くなって·····恋人に泣かれるのは流石に堪えるんだよ」

「ごめんにぇ·····ありがと、ひとしくん」


ようやく笑顔を見せた愛しい彼女の額に軽くキスをしてやった後、心操は近くに置いてあった爪切り用の道具を持ってくる。
そして捕縛布を解こうとした心操を鶚は慌てて制止した。


「·····捕縛布は、解かにゃくてもいいにょ·····もし暴れちゃったりして爪が当たったりしたら、あぶにゃいから·····」
「·····わかった。それならこのままやろう」

捕縛布に縛られたままでごろん、と3角座りのまま仰向けに転がされた鶚はぷるぷると震えながら心操をじっと見つめる。

「じっとしてろよ」

そう言って心操が鶚の鳥足を掴もうとすると、まだ怖いのかもふもふの羽毛に足を引っ込めてしまった。

「あ、こら、羽毛に埋めて足隠そうとするな」
「むぅー!だって怖いもんにぇ!」
「·····ったく、仕方ねぇなぁ」
心操は苦笑すると、爪切りを手に取り、そっと足先に触れた。
ビクッと跳ね上がった身体を安心させるように撫でてやれば、おずおずと力が抜けていく。

「·····ん、ほら、怖くないから」
そう言うと、再びそろりと足が出てくるのを見て、心操は微笑みながら手早く爪を切り始めた。

「·····ほら、いくぞ。動かないでくれよ」
「う、うん·····っ、」

ワイヤーカッターのような形をした、鳥用の爪切りを開く音がシャキン、と響く。
血管を避けて、なるべく痛みを与えないように慎重に切っていく心操の手つきは優しい。
ゆっくりと爪の先端を少し切っては落ち着かせるように鶚の頭を撫で、また爪を切る。
その繰り返しをしばらく続け、ついに爪切りが終わった。
「·····よし、これで終わりだ」
「ん、ありがとう·····」
心操は爪切りを片付けると、鶚を縛っていた捕縛布を解いて、今度は優しく抱きしめて背中をぽん、ぽん、と叩いてやる。「爪切り、よく頑張ったな。偉いぞ」
「ん、えへへ·····ひとしくんに褒められると、嬉しいにょ〜」
「··········」
嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せる彼女に、心操は思わず顔を逸らしてしまう。
その表情は反則だろうと、心操は心の中で呟いた。
縛られていて縮こまっていた腕の羽根を大きく広げて伸びをする彼女。
心操は、その姿を眩しそうに見つめていた。

「爪切りはやっぱり嫌いだけど·····ひとしくんのは、優しいから全然怖くなかったし、痛くなかったにょ」
「ん、よかったな」
「んふふ·····それに、爪切ってくれたから·····ひとしくんのこと傷つけなくていいにぇ」

鶚はそう言うと鳥足をくい、と上げて、握手をするように心操の手に絡ませる。

切られて丸められた爪は鋭さが無くなっており、心操の肌を傷つけることはなかった。

「これにゃら、ぶつかっても大丈夫だにぇ?」
「ああ、そうだな」
「えへへ·····ひとしくんといっぱい触れ合えるにょ」
「っ·····お前、わざとか?」「えっ?何がにゃ?」
「·····なんでもない」
無自覚か、それとも確信犯なのか分からないが、この天然小悪魔め·····と心操は思った。
そんな彼とは裏腹に、すりすりと心操の腕に頬擦りする彼女はとても幸せそうだ。
「ひとしくん、だいしゅき」
「俺も、好きだよ」
「えへへ、うれしぃにょ〜♪」
「·····」
可愛すぎる恋人の姿を見て、心操は
もうどうしようもないくらいに彼女が愛おしくなり、ぎゅう、と強く抱き締めた。
「ひゃっ!?ど、どうしたにょ、ひとしくぅん·····?」
「·····お前が可愛いのが悪い」
「ふえぇっ·····?」

そんな事をしているうちに相澤が戻ってきて、もう既に鶚の爪切りが終わっている事に驚いていたが、心操が事情を説明すると、「次からは捕まえるのも切るのもお前に頼む」と言ってきた。

「(面倒臭いんだな·····)」と内心思ったが、それを口に出すことはなく、「わかりました」とだけ答えた。

確かに、逃げ惑う鶚を捕まえるのは骨が折れるが·····その分、爪切りの後に爪がちゃんと切れたことで安心して、自分に触れたがる鶚が見れると分かっていたからだ。

「·····全く、手のかかる恋人だよ」
「ん?何か言ったかにゃ?」
「別に」
「ん〜?」
心操は不思議そうな顔で首を傾げている彼女の頬に軽くキスをすると、そのまま頭を撫でてやった。

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