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晃の過去を知っている。何を今更そんなこと、と言われるかもしれないけど、俺は唯一あいつの過去を知ってる。
「………っ…はぁ〜…」
書き始めた一文を書いては消して、書いては消してを繰り返して何時間たっただろう。黒沢晃のぶっちゃけ本気、略してぶっ本のパーソナリティのあいつについて周りの声優が記事を書く、なんていう愛されに愛された企画の一端として、俺は今晃の記事を書こうとしていた。
あー悩ましい。他の先輩達が何を書いたのかは知らないけど、あいつの大親友として自他共に認めてる俺が書く内容なんて、絶対に注目の的だろ?
マネージャーや、事務所、晃の事務所からも本人からも「過去の事も全部話して良い」なんていわれて仕舞えば、余計に困る。
だって俺はお前の、あんな事もそんな事も知ってる唯一の人間だ。
「……あー…」
誰がいるわけでもない部屋で一人頬杖をついてパソコンに向かい合っていた。明日からずっとイベント、収録、歌の収録、練習、どう考えても自分の時間を取れる日なんて今日しかない。できるなら今日書いてしまいたい。
忙しいって言ったって、あいつのためなら全然書くけど。しかも書いてくれるだろうと見込んで渡してくるあたり、あいつも俺のことが大好きだ。
「そんな悩まなくていいって、俺なんて晃の恋愛事情書いたよ?」
「拓篤、それはアウトだろ」
悩んだ俺は拓篤に電話することにした。通話越しのあいつは笑いながら、そんなに重く受け止めないで書きなよ〜なんて言っていて。あいつの恋愛事情を書くのはいいのか?なんて少し心配もする。だって事務所的にアウトじゃねえか?俺らももういい歳したおっさんだけど、あいつの顔は顔面国宝級とまで持て囃されるぐらい老けを知らない顔、肉体美、性格、声。
そりゃあこれだけ沢山持ち上げられるし、ちやほやもされるわ。もっとメディアに露出すれば良いのに。そうしたら花江の負担も減るだろうよ。
「んー…じゃあ別にいっか」
「大丈夫大丈夫、晃のファンって優しいし、寧ろなんでも見たいって人多いじゃん」
それは今でこそ、だけど。
拓篤との通話を切って、俺はもう一度パソコンに向き直った。昔の話を蒸し返すのは申し訳ない気持ちで一杯だけど、でも今だからこそ話せることだってある。
黒沢晃は、顔だけの声優じゃない。顔だけ声優なんて言った奴ら全員組み敷いてやりたいぐらいだ。あいつは、努力の人間なんだから。
まだ俺達も若手と呼ばれていた時。晃も俺も、20代前半とかそのぐらいで、お互いに切磋琢磨しあっていた。オーディションに落ちることなんて沢山あったし、今も落ちることはあるけど、当時の気持ちに比べたらなんて事はない。
あの時はこの役一つ一つを確立することで自分の声優としての力を見られていたから。どうにかして名前を覚えてもらって。監督にも、その場にいるスタッフにも、共演者にも事務所にも。俺は使える人間ですよってわかってもらうために。
いつもどっちかの家でアフレコの練習をしていた。
晃も俺も、ファンというものができるようになって。ファンレターとかも増えてくるようになった時。どっからどう見てもあいつの様子がおかしくなり始めた。痩せて、目の下のクマも濃くなって、少しだけ引き攣ってる笑顔。
あいつは男が見ても格好いい人間だったから、どの声優よりも写真撮影ってやつが多かったし。その疲れか?なんて思ってた。
顔も声もイケメン。顔だけ声優なんて言われてアンチも俺より断然多くて、それに勝つようにファンも断然多くて。メディアの露出も増えて声で勝負をしたいのに、顔を売りに出されるようになった晃を見ていた。
俺らが若かった時は多かったし。顔をまずは売る、みたいな流れがあったのも確かで。多分それは、晃からが発祥だったんだと思う。
そんな疲れてるあいつをずっと見てた。隣で見守ってた。何かあったら言えよって。俺は味方だぞって。
親友なんだから。これから声優として生きていくんなら、俺たちは一生の関係だから。隠し事は無しだぞ。そう言ってたのに、ある収録が終わって、先にブースを出たはずの晃が何かから隠れるようにビルの入り口で、頭を抱えていたのを見た。
忘れ物でもしたのか、財布でもなくしたのか。家の鍵でも見つからないのか。通ってく先輩達に愛想笑いしてお疲れ様でしたと言ってる晃の姿を見て、血の気が引いた。
あんた達、あいつの姿見て何も思わないのかよ…明らかに震えてるだろ、顔も青いし、何かに怯えてる。隠れるようにしてる、その黒い服も黒い帽子もマスクも、全部何かを隠してる。
「晃…!」
「っ…達か…お疲れ」
その笑顔で全部隠せてると思ったら大間違いだ。何を隠してるんだよ、言えよ、何かあったら言えって言った。晃の手を握って、もう一度ビルの中へ入った。俺とこいつの事務所は違うからどうもできないけど、とにかく自分のマネージャーに晃のマネージャーと連絡できないかと聞いて、あの関西弁のイケメンを呼んでもらった。
俺の手を握り返さない晃の肩は震えていた。唇も青くて、何かに怯えてる顔もしてる。何があった、何がお前をこうしてる?誰の目にもつかないように、ブースの前のソファに座って抱きしめて、早くマネージャー来いよと思いながら何があった?って聞いてやれば。晃は小さい声で一言だけ、大丈夫、なんて言うから。
「ふざけんな…っ!」
そんな姿見て大丈夫って信じられるかよ。通り過ぎた先輩達の目は節穴か?こんなに震えてる晃を見て、なんで何も言わない。何があったかなんて火を見るより明らかだ。
「何かあったら言えって言ったよな?俺はお前の味方だろ?親友じゃねーの?」
親友だと思ってたのは俺だけか。味方だと思ってたのは俺だけか。ライバルだし、違う事務所だし、声質は似てないけど年代が重なってる分同じキャラクターを奪い合うこともあるけど。
だけど、それは別だろ。お前がつぶれて言い訳なんてない。
肩に手を置いて、晃の顔を覗き込んだ。泣きそうな顔してるくせに。
だったら俺に泣きつけばいい。
「いいから言えよ…!俺はお前の味方だから!」
叫んだ。伝わって欲しくて。努力してるのだって知ってる、アンチに何言われようとも、歌だって踊りだって演技だって、日に日に成長してるお前を知ってる。顔だけ声優って言われて何回も落ち込んでるのを知ってる。
全部知ってる。お前は凄いやつだよ。だから少しぐらい、お前が背負ってる負担の一部分でもいいから俺だって背負いたいんだよ。
「俺は頼りねぇの?」
「ちが…っ」
「じゃあ言って…助けになれるかわかんねーけど」
少しでも助けたい気持ちは、誰よりあるよ。
晃はポツリと少なめの言葉で話してくれた。
「ストーカー……されてる気がする」
「………は?」
ファンかどうかはわからない。
家の郵便ポストに手紙が入れられる。盗撮写真も届く。マスクしても黒い服で隠れても撮られる。ビルの外にいるかもしれない。家の外にいるかもしれない。本当はもう、家に実はいるんじゃないのか。
「なん…っでそれを早く言わねーんだよ!?」
重要なことだろそれ!?なんで言わねーの?それマネージャーは知ってんの?そう聞けば、晃は首を横に振った。
「俺の問題だから…っ」
「お前の問題じゃない」
聞こえたのは、俺とは違う声。俺たちとは違うスーツを着た事務所のマネージャー。晃についてる、あのマネージャー。
「わるかった、所属タレントのそんな事情に気づけなかった俺たちが悪いなそれは」
「聞いてたんすか?」
「達央の声がでかくて聞こえてたよ」
俺のマネージャーと、晃のマネージャーが電話を片手に真面目な顔で話をしてる。どうする、警察に話すか、まずは事務所に話そう。ビルの外にいるかもしれないから迎えも寄越してもらって、共演者に迷惑かけるかもしれないから監督とスタッフにもとりあえず話そう。
「いいか、晃。お前は悪くない。こんなになるまで気づいてあげられなくて悪かった」
「いや……そんなん別に…」
晃の肩に手を置いて、いつもの関西弁はどこに行ったのかやけに真面目な顔でそんな事を言うマネージャーを俺も晃もぼーっと眺めた。
「でも…もしもファンだったら…」
俺の事が好きでそうしたんだろうから、可哀想だ。
そう言った晃に、俺もマネージャー達も一度体が止まった。優しいのかなんなのか。自己犠牲が強いのか、なんなのか。
「お前を苦しめてる時点でファンでもなんでもねーよ。ファンを大事にしてる所、俺は好きだけど、それはちげーぞ晃」
だから言ってやった。
いつも強がりな、何考えてるかわかんねぇ人間だけど。その実めっちゃ優しくて弱くて、なんでも抱え込む人間。俺は知ってるから。晃がそう言うやつだって、分かってるから。
「ダメなもんはダメだ。何がダメって、お前が苦しんでんのが、一番ダメだ」
だからちゃんと、最初から言ってくれよ。味方になるから。守るから。涙を流した晃の頭を撫でて、やっと自分にも晃の何かを背負えた気がした。
まぁ、晃が泣いてるところなんてあの時が最初で最後だったけど。
結局ストーカー事件は事務所内で内密に処理されて、晃の意向もあって警察に届けを出すことはなかった。ただ、引っ越し諸々は俺も手伝ったし、当分の間は俺の家に泊めてやってた。
多分あの時かな。俺と晃の熱愛みたいな噂が出たのは。それでストーカーが消えるなら願ったり叶ったりだし、晃がいつものように元気になれるなら、全然よかった。
俺、あいつが女だったら絶対付き合ってるって言ってた意味、分かった?それが原因。そりゃ数ヶ月一緒に住んでたらさぁ〜好きになりかけるしょ。
あいつまじでイケメンだし、風呂上がりとか凄い色っぽいし、ちょっとぼーっとしてる時なんて女と間違えるぐらい綺麗な顔だ。筋肉もついててエロい体、あんなん毎日隣に置いてみ?好きになりかけたりするもんだ。
「って感じで記事書いたんだけど、どう」
「多分最後の好きになりかけたはいらない」
俺の部屋に晃がいる。書いてみた記事の内容を確認した晃が呆れながらそう言った。30に突入しても変わらないご尊顔。綺麗なままだしまつ毛も長いし、横顔なんてどうなってんのってぐらいシュッとしてる。
「好きになったに変える?」
「アホだろ30後半のおっさんのBLとか、誰が好きなん」
「えー俺らのファンなら好きかもよ?」
「既婚者はいらねぇ〜」
俺にパソコンを返した晃が、まぁいいんじゃねーのと呟きながら頬杖をつく。途中で買ってきたらしいマックのコーヒーを飲みながらスマホを弄って。あと少しで撮影あるから出る、なんて言ってる晃に頷いた。
「ま、この時はサンキュ」
「んー声小さ過ぎて聞こえない」
「うっざ」
眉を顰めて睨んでくるその顔も格好いいとは何様だ。人生イージーモードなんて言われすぎてるその顔は、裏では沢山の事があったもんな。全部知ってるのは多分俺だけ。拓篤も、渉も、マモも、多分全部は知らない。
こいつがストーカーされてた事も、やばいぐらいアンチがいた事も、一度収録先で倒れた事も、本当は誤魔化すためにいつも笑ってた事も。
ぜーーーんぶ知ってるのは、俺だけ。
「晃が女だったら、本気で付き合ってたよ」
俺も頬杖をつきながら、そう言った。じーっと顔を見つめて、コーヒーを優雅に飲んでる晃の近くで。
まつ毛長い、肌も綺麗、若かった頃より明らかに良い顔つきしてる。そんな見た目も中身も、全部ひっくるめた上で。
俺はやっぱり好きだと思ってるよ。
「俺が女だったら声優してないから、付き合ってないよ」
「確かに、それもそうか」
お前が男で良かったと心底思ってる。出会えてなかったかもしれない。女だったら付き合ってるだろうけど、女だったらそもそも、お前とは出会えていないだろうから。
出会えてよかったと思ってる。あの時解決できて良かったと思ってる。お前が今でも声優で、良かったと思ってる。
それぐらい、俺はお前が大好きだ。
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