月が見える夜
レイシフトでもすれば外の景色を見ることもあるがカルデアの中に戻ってくれば景色など存在せず無機質な壁ばかりが広がっている。紅離にはそれがひどく退屈に思えてぼんやりと壁を眺めることもなく適当に散歩をするだけだが、それもこれも部屋の中で作業していたのに邪魔をしてきたモードレッドのせいだ。部屋から出て少し散歩でもしろ、と部屋を追い出されたのが数分前の話。すでに紅離は退屈していて、久しぶりに自分に幻術でもかけてゆっくりと朽ちていく自分でも眺めようか、と思った瞬間に一つの影がちらついた。
「……ツキノ?」
「やっほ、紅離!」
櫟ツキノ――カルデアのマスターだ。紅離からすると同僚に近いのだろうか。紅離は振り返りながら長い黒髪を揺らすツキノに目を見開いた。すると腕を取られてそのままずんずんと進んでいく。
「暇?」
「暇だった」
「じゃ、付き合って?」
喜んで、と言って二人で食堂へ入ると、時間が時間だったからか閑散としていてサーヴァントが数人いるくらいだった。食堂の管理をしているエミヤが注文は、というので二人共紅茶と適当にお菓子と軽食を頼んで置いた。待っている間は軽い雑談だ、たとえばこの間のレイシフトがどうだった、とか、エミヤの新作メニューがとか、気になる魔術書がとか、素材が、と絶え間なく話をしてくれるツキノに合わせて話をしているとエミヤが紅茶をポットで出してくれ、スコーンやサンドイッチ、クッキーなどを詰め合わせてくれた。それをトレイごと紅離が受け取った。
「それでね、ドクターがさ」
「ああ、そういえば、レイシフト先でこんなことも」
そういえば同年代の人と話すことは紅離にはあまり多いわけではない。死霊魔術師という特性上か時計塔でもあまりいい顔はされなかった。常に死臭と火薬の香りを漂わせている自分と話していて楽しいかな、と紅離はちらり、とツキノを窺い見る。
「ねえねえ、紅離のサングラスの奥ってどうなってんの?」
「ああ、これ?」
紅離はあっさりとサングラスを外した。魔眼は常時発動状態になっているが別に今ツキノが見ているのは自分だから鏡を見てるようなものだとサングラスを外してその深緋の色の瞳でツキノを覗き込んだ。
「おお……」
「魔眼だから、こんな色してる」
「自分のなの?」
ツキノがどこを見ているのか、瞳のじっと奥を見ようとしているのがわかった。ぱち、ぱち、と自分がまばたきするのですらわかるのだからこの瞳の能力は本当に恐ろしいものだ。
「いや、もらった」
「え」
「義母に」
「あ、なんか、ごめん……?」
「え、死んでないよ?あ、でも、人理焼却されちゃったから、死んだのか」
紅離はサングラスをかけ直す。母の使っていた魔眼殺しと同じように魔眼の力を遮断して紅離の目を落ち着かせる呪術がかけられている。ツキノがこちらをじっと覗き込んでいる。
「え、何?」
「なんかさ、紅離って――怖いものないんだね」
「いや、怖いものだらけだって。お化けとか怖いし」
「死霊魔術師なのに!?」
「いや、おばけは別物じゃない!?俺は死体とかそういうの動かすだけだから!!」
紅離はガタンと立ち上がった。決して勘違いしないでほしいが紅離は霊魂のたぐいを操れたりはしない。動かせるのは死体とかそういうのだけだ、そういう適性だけはあいにくとなかった。信じたくないし、見たくもない、決して。と熱弁すればツキノがあははと笑いだした。
「面白い」
「結構ガチなんだけどなぁ」
少しふてくされながら紅離は椅子に腰掛け直した。俺だって、怖いものあるし、とつぶやくように言いながらサンドイッチに食らいついた。