メルトダウンする心
人間の心はひどく不合理だ。
いらない感情がたくさんあるだろう、と常々思ってしまう。
――その最たるは恋愛感情だ。
休日の午後。
やるべき家事も全て終えて、アスナはふぅとため息を付いてソファに腰掛けた。すると甘い声で「Honey」と自分を呼ぶ声が聞こえて、顔をあげるとお気に入りのマグカップを差し出されその中からはコーヒーの良い香りがした。
「ダーリン」
「おつかれ。ちょっとbreaktimeにしようぜ」
プレゼント・マイク――本名山田ひざしは本日はオフの服装だ。サングラスや首のスピーカー付きガジェットはなく、服装もシンプルなシャツにスキニーだ。それだけで見栄えするのは顔がいいからなのだろうが、アスナはコーヒーを受け取りながらそこには触れずありがとう、と答えた。
「ん、おいしい」
「そりゃよかった。Honeyに喜んでもらえたならよかったぜ」
ちゅ、と頬に触れた柔らかい感触にアスナは目を閉じた。とうの昔に開かなくなった左目をいたわるようなキスだ。ゆっくりと目を開けるとたまらなく愛おしいものを見るような目でアスナを見ているプレゼント・マイクが目に入った。
「コーヒーくらい誰でも淹れられるだろ」
「うまく淹れるのは話が別だろー? 俺はHoneyがいれたやつが一番うまいと思ってるぜ?」
こだわってるしな、Honeyは。
自分のカップに入っているコーヒーを飲みながらプレゼント・マイクはアスナの肩を引き寄せた。ソファは結構広いものなのに二人だけで中央に寄っている。スペースの使い方がおかしいとは思っても離れる気はしなかった。
「ん? どうした?」
「……なんでもない」
寄せた肩から伝わる熱が心地いい。
いつもよりも少しばかり早い心臓が心地良い。
これを人は安息とか平穏とか呼ぶのだろう、と思う。
(あの日々からは想像もできなかったな)
ただ子供の無邪気さの衝動に任せてただ壊して回っていた日々。あれはあれで楽しかったと思うし、後悔もしていない。罪悪感もない。きっと、あれから自分はひとつも改心していない。
それでも、これを平穏だと思えるのだから不思議だ。
(きっと、いつか、誰かに背中を刺されて殺されるまで)
この平穏は続くのだろう。
ゆるりと融けていく心がひどく寒々しく感じてそっと目を閉じた。
「ねぇ、ダーリン」
――私のためだけに生きて、
「ん? どうした、Honey」
――なんておこがましくて言えなかった。
「んーん、なんでもない。少しだけ、寝てもいい?」
「Of course!」
広げられた両腕に甘えるように抱きついて胸元に顔を埋めた。
何も考えないように眠りにつく。
自分を撫でる手とおやすみ、と優しく触れられるキスがひどく暖かく感じた。