静かな空
冬のある休日。
東京にしては珍しく雪が積り、交通網が麻痺しているとテレビでひっきりなしに伝えられてるのを聞き流しながら紅葉は道着へと着替えていた。この時期にしては珍しいなぁ、と紅葉は道着に着替えて離れから外に出ると、一面の雪景色。こりゃ、除雪のほうが大変そうだ、と思いながら渡り廊下を伝って母屋へ入る。雨戸は全て閉められており、外気を遮断しているはずだが、やはりこの時期は寒い。僅かに身を震わせながら、廊下を歩いていると、呼び鈴が鳴るのが聞こえて、そういえば今、母屋は自分ひとりだったと思い返して道場とは反対方向にある玄関へと向かっていった。
「……よう」
ドアを開ければ、そこに立っていたのは幼馴染の原田だった。マフラーも巻かず、手袋もしておらず、恐らくは練習着にコートを羽織って出てきただけだ。紅葉は呆れたように溜息をつくと、原田の寒さで冷たくなった手をとって家へ引きずり込んだ。
適当に座って、とこたつが置かれている居間に原田を押し込むと、紅葉は湯沸かしポットからお茶碗と急須を温めるようにお湯を入れ、その間に台所で別に湯を沸かすために立ち上がった。こたつに入ってなよ、と原田に言付けて、台所に入る。
何も連絡がなかったのにここに来たのはきっとそういうことだ。何かに躓いたような気がしたのだろう。紅葉はヤカンにたっぷりと水を入れて、ガスコンロに火を入れた。居間からテレビの音はない。まったく、と思いながらヤカンが音を鳴らすまでは、と紅葉も居間に戻って――原田の真正面に座った。
「……悪い」
「何が?」
紅葉がみかんを原田の前に差し出した。いや、いらないと、言うので紅葉がひとつ手にとってみかんを剥く。白い筋も取らずにみかんを小分けにして、一房原田に差し出した。一瞬逡巡して、観念したように口を開けた原田の口の中にみかんを放り込んだ。
「甘ぇ」
「美味しいみかんだった?」
「俺は味見かよ」
少しだけ、困ったように笑った原田に紅葉は安心したように笑って、もぐ、とみかんを食べる。みずみずしい甘さがとても心地良い。それからしばらく会話はなく、紅葉はみかんを食べているだけだし、原田も何も言おうとしなかった。何か、言い出すまでは何も聞かないと紅葉は決めている。すると、原田が口を開いた。
「……俺は」
「俺は主将としてちゃんとやれてるか」
不安をあまり口にする男ではないから、でも、かけられている期待はわかっている。プレッシャーに弱いところのある男だ、秋の惜敗を責任に感じているのかもしれない。成宮の不調も含めて考えるところは色々あるのかもしれない。紅葉はじと、原田を見つめた。こういうときに目を逸らさないのがいいところだな、と紅葉は微笑んだ。
「どうだろう」
「……」
「鳴のこと気にかかってるのはわかるよ。女房役だし、主将だし、成宮はエースだし」
ぴーと台所で音を立てるのを聞いて紅葉は立ち上がった。温めた湯呑みと急須からお湯を抜いて、茶葉を用意する。お茶を手早く用意して、お盆の上にそれらを乗せて居間に戻る。
「雅はさ、いい主将になろうとしなくていいんじゃないの」
お茶を湯呑みへ注ぎ入れる。最後の一滴まで、ちゃんと湯呑みに移してから、原田にそれを差し出した。
「……おい」
「だってさー、口下手な男がいい主将になるの難しいでしょ」
原田が苦虫を噛み殺すように顔を顰めた。
「雅は雅のままでいいんだよ」
俺はそういう雅が好きだよ。
温まりながら、紅葉はそういった。ご飯食べてく? と聞けば、おう、と返事が返ってきた。せっかくだから、原田の好きなものを山盛り作って食べさせてやろうじゃないか、と紅葉は意気込んでわかったよ、と言う。