雪だるまと少女


 冬になって雪が降ると、いつも庭先には大量の雪だるまが作られていた。
 大きいものやら、小さいものやら、それは異様なほど、夥しい数が作られていて、イチロウ――後にシグレの名前を継ぐことになる男――はひくり、と表情を強張らせた。
(誰だぁ……?こりゃ)
 板張りの廊下は外気に晒されて冷たく、裸足ではなく足袋の一つでも履いてくればよかったと思ったが、廊下の異様な数の雪だるまにその考えもすっ飛んだ。
 よくよく見てみれば、それはイチロウの知っている者たちに顔が似ているものばかりだった。
(アカネにアカツキに…?ありゃ、ジロウ、サブロウか?あっちは……母さんとロクロウ、だな)
 見覚えのある顔ばかり。
 ランゲツ流を習い、ここに学びに来るものの顔もあるではないか。誰がいったいこれを作ったのか、という疑問はすぐに解消された。――オレンジ色の髪がイチロウの視界の中に入ったからだ。
 オレンジ色の髪、小柄な体型。一人しか思いつかず、その名前を呼ぶと、その小さなオレンジ色の物体はちょこんと動いた。
「クレハ」
「――イチロウ様」
 弟――ロクロウの遊び相手兼将来の従者であるクレハはイチロウに気づくと、雪だるまたちの中からとことこと出てきて、縁側の近くまでやってきた。その手には手袋などははめられておらず、しもやけで真っ赤になっている。
イチロウはクレハに視線を合わせるようにしゃがみこむと、クレハの暖かそうなオレンジ色の髪を撫でた。
「これ、お前か?」
「……はい」
 ごめんなさい、と謝るクレハにイチロウはいいんだよ、と笑った。クレハを抱き上げて、自分の膝にあげると冷たいそこに腰を下ろした。
「すげぇいっぱいだな、こりゃあ」
 そういいながら少し冷えてるクレハの体を抱きしめて、イチロウは眼前に広がる雪だるまたちを眺める。改めて見てみると、異様な光景ともいえなくもないが、クレハはせっせとこれを作っていたのだろう。手が真っ赤になるくらいには。
「皆、いっぱい」
「だなぁ……でもクレハがいねぇんじゃねえか?」
 イチロウが見渡す限り、この特徴的な髪型の少女の雪だるまはないように見える。それを告げると、クレハはイチロウの腕の中で、首を横に振った。
「クレハは、ここに、いなくて、いいから」
 ――だから、いません。
 ここにいるべき人だけで、とクレハは静かにそういった。その瞳は取り乱すわけでも、悲しむだけでもなく、ただ、穏やかにそう告げていた。まるで、それが正しいといわんばかりに。
「……イチロウ様?」
 無意識に抱きしめる手に力は入っていたらしい。クレハが腕の中から見上げてくる。その緑色の瞳は無表情で、無気力で。静かにイチロウを見上げて、手に、冷たくなった手を重ねてきた。
「クレハ、俺にも雪だるま作らせてくれ」
「……?どうぞ」
 イチロウは草履をはいて雪の上を踏みしめる。足袋を履いていない足には相当冷たいが、これも鍛錬だと思えば、安いものだ。クレハは雪玉を作って、イチロウと共に雪だるまを作り出した。冷たい、けれど、隣にイチロウがいると思うだけで、少しだけ暖かい気がして、嬉しかった。
「あー、ロクロウのより小さくていいんだ」
「?」
 ゴロゴロと雪玉を転がして大きくしようとするクレハにイチロウは声をかけて少し小さめのそれでやめさせた。そして、イチロウの形を模してある雪だるまの隣に、その小さな雪だるまを置いた。顔を付けて、髪型も雪に掘るようにして作って、出来上がりだ。
「よし、クレハに見えんだろ!」
「……」
 クレハは呆然とその雪だるまを眺めた。ぱちぱち、と緑色の瞳を瞬かせているクレハにイチロウはにかっ、と笑った。
 そして、手を伸ばして、クレハを自分の腕の中に閉じ込めた。
「ここにいていいんだよ、クレハは」
 イチロウの雪だるまの足元、小さな雪だるまが控えめに立っている。
「クレハ、ここにいてくれよ」
 イチロウの大きな手が、クレハの髪の毛を優しく撫でまわした。



* * *




「シグレ様、何なさってるんですか?」
 雪が降った聖寮本部の庭で、シグレが何かをしているのを見かけたクレハは声をかけた。元々シグレを探しに来たのだから、声をかけるのは当然の事なのだが、呼びに来た目的を忘れて、シグレが何をしているかが気になってしまったのだ。
「クレハ、懐かしいだろう!」
 シグレの笑顔。
 手元を見てみれば、二つの雪だるまがあった。クレハはくす、と笑ってシグレの元まで歩み寄って、しゃがみこんだ。
「シグレ様と私ですか?」
「応!」
 シグレはクレハの腕を引っ張るとクレハを抱き上げて、二つの雪だるまを眺めている。寄り添うように、近くに作られたそれにクレハは目を細めて、シグレの首に腕を回して、抱きしめた。

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