降誕祭
世間は降誕祭を間近に控えて、横浜の街もいたるところでイルミネーションやら、ツリーやらが飾られるようになり、通勤の都度それらを眺めていると何だか、もう年の瀬が来たのだなぁと一年の流れがあまりのも早いもののように感じられて、佐登は静かにため息を付いた。おそらくは、今年が濃い一年すぎたのだ。昨年に比べて圧倒的に流れが早い。毎日充実しているどころか、寝る暇すらなかったような日もなかったようなあったような、などと考えながらポートマフィアの本部事務所のエントランスへ入ったところで、驚いて、持っていた鞄を落とした。鞄を落としたせいで、たまたまエントランスにいた人たちに驚かれてしまったわけだが、そのようなことは言っていられる状況ではなかった。
「え、……ええ?」
驚いて、二度見してしまった。此処は、何の組織だっただろう。何だ、あの巨大なツリーは。いや、降誕祭なので、実に結構であるが、なんだ、あの巨大なツリーは。エントランスは三階近くまでの吹き抜け構造となっていて、確かに広いが、ツリーの星の部分が二階までかかっているではないか。大きいとか、そういうレベルじゃないだろう、あれは。しかも、どうやら、本物の木で出来ているらしい。……こんな事、する人間は一人しかいない。佐登はさっさと鞄を拾い上げて、専用の昇降機へ乗り込むと、最上階に向けて動かした。恐らく、最上階では悠々とこのツリーを用意させた人物が紅茶を楽しみながら、仕事でもしているはずだった。
「首領、あれは首領ですか?」
慌てて執務室に駆け込みながら、佐登はすでに机について仕事をしていた鴎外へ問い詰めた。あれ?と鴎外は一瞬理解できていない顔をした後に、ああ、と笑顔で、そうだよ、と答えた。
「ツリーでしょ?エリスちゃんが見たいというから」
「や、やりすぎではありませんか?あれ、生木を用意したのでしょう?」
「やるのなら、本格的にやらないと!」
「……」
言っても無駄だ、ここに勤めて、八ヶ月。この人のこういうところは何を言っても無駄だ。エリスがみたい、と言ったのならばたとえ、地の果てだろうが準備させるに違いない。佐登は小さく、ため息を付いて、――――首を数度降った。寧ろ、季節柄を大切にしてくださるよい上司だと思いましょう。佐登は必死で、心を宥めて手帳を開くと今日の仕事の予定を確認する。――――そういえば、祝宴も入っていましたね、本部で。
「楽しかったかい?」
深夜の最上階は祝宴も終わって静かなものだ。エリスと鴎外にホットチョコレートを用意したので佐登の分も含めて窓が透明になっている執務室の前のソファに歩み寄った佐登に鴎外がにこやかに声をかけた。「ええ、とても」――――疲れましたが。
ホットチョコレートのカップを二人に手渡すと、エリスがあ、とカップをテーブルへと置いて窓に駆け寄っていく。きらきらと光るイルミネーションの灯りに照らされるちらちらと舞う白い結晶。
「……道理で寒いわけだ」
鴎外がソファに腰掛けたまま困ったように笑っていた。佐登もエリスに倣って窓に近づくと、ほんのりと輝くそれを眺めて目を細めた。そして、あ、と思い出したようにパタパタと走って執務室から出ていく。それをエリスと鴎外が見守って、顔を見合わせた後、また直ぐに佐登が執務室へ戻ってきた。その手には袋を抱えている。
「あ、あの、その。こ、降誕祭、だ、ったので。いや、あの、お二人には不要かな、とも思ったんですがっ、あの、えっと……一応、こ、恋人、役、なので…………あ、あったほうがいいかな、と、」
――――思いまして、という言葉はあまりにも小さくて、この部屋が静かでなければ聞き取れなかっただろうと鴎外は思う。鴎外もソファから立ち上がると、机の引き出しを一つ開けて箱を取り出す。そして、にこやかに笑っておいで、と手招きする。佐登は顔を赤くしたまま、少し戸惑ったような足取りで鴎外の元へ近づいてくる。
「これ……首領にはマフラーを。エリス嬢にはケープと手袋を用意しました」
二つに分けられた袋をそれぞれに渡す。開けてもいい?とエリスがいうので、佐登はどうぞと笑って応える。
「ああ、素敵な色だね。ありがとう」
「クレ、素敵よ!! ねぇ、これ、着けて頂戴!」
「はい、エリス嬢」
エリスにせがまれ、ケープを着けてあげる。エリスは異能なので寒さとか無縁かもしれないが、今後の外出にはとても良いだろう。エリスがどう、と聞いてくるのでとてもお似合いです、という。手袋も取り出して着けて、明日はこれで雪が積もっていたら雪だるまを作りに出るわ!と張り切っていた。
鴎外はボルドーカラーのマフラーを佐登に手渡す。
「え?」
「私にも着けて?」
にこり、と笑う鴎外に一瞬戸惑ったが、マフラーを受け取って、首を差し出してくる鴎外にマフラーを巻き付けた。ああ、やっぱり、この人には赤がよく似合う。巻かれたマフラーにそっと指を添わせた鴎外が笑っているのを見て、少しだけホッとする。
そして、鴎外から箱を渡される。
「私から」
「……えっと」
「開けてみて」
言われるままに包装を解き、箱を開けて――――もう一つ箱。形的には、首飾りだろうか。開けて、美しいピンクゴールドのシンプルな首飾りが入っていた。凝った意匠ではないが、その分普段遣いができそうだ。スーツを着る時の首元にもいいだろう。
「あの、これ」
「恋人だからね。……着けてあげよう」
鴎外に再びそれを手渡し、佐登は少し冷たい金属の感触を首元に感じることにドキドキとする。着け終わり、鴎外の手が離れていく瞬間は、少しだけ寂しいもののように感じた。
「今度、私と出かける時に是非、着けてほしい」
「……はい」
でかける、というのは逢引か、それとも仕事で祝宴に行くときかは少し判別に困るところだが、恐らく一番早くに来るのは新年に行われる関係各社の迎春祝宴であろうから、そのときにでも。と思って、そう言えば、そのときには振り袖がどうとか紅葉が言っていたのを思い出す。秘書として出席なら洋装でも赦されるような気がするが、紅葉が張り切っていたのできっと振り袖になるのだろう。
「雪も降ったし、善い降誕祭になったね」
鴎外が佐登の隣に腰掛けながら、微笑んだ。――――いろいろ、あったような気がする一年だが、まあ、概ね悪くはなかった。祝宴も楽しかったし、と佐登は思いながら、自分のホットチョコレートのカップを手に持って、小さく頷いた。