東雲学園スイーツ倶楽部活動日誌!
――――女の子なら誰だって可愛らしいものとか、キレイなものとか、甘い物に多少なりとも憧れがあるものだ。
――――少なからず、私は守られるような、そんな可愛い子になりたかった。
東雲学園の食堂はいつにも増して盛り上がりを見せていた。望月、針宮は首を傾げながら、食堂へと足を踏み入れた。何時もならば、一緒に食堂に来ているはずの新兎も今日は授業が終わるとさっさと教室を飛び出していってしまったので、今日は獅子丸も含めて三人でやってきたが――――遅くなったわけでもないというのに、この人だかり。
「何だか、今日はすごい人だかりだな……?」
「うん、何だか女子が多いような気がする」
心なしか顔色の悪い針宮を何とか席につかせて、食事を注文しにカウンターへ向かおうとしたところで望月は新兎の姿を発見した。
「あ、ゆまぴ〜!」
「新兎? どうして、こんなところに? あ、三毛門先輩も」
新兎の少し前方には三毛門の姿も見える。彼らが並んでいる列はどうやら、食事を注文するカウンターとは違うらしく、全員が何やら紙を見ている。ふふーと楽しそうに笑った新兎が望月に向けて紙を差し出す。そこには、東雲学園スイーツ倶楽部!と大きく書かれていた。
「スイーツ倶楽部?」
「東雲の部活動の一つでねー! 毎月、スイーツ倶楽部で考案したスイーツを出してくれるんだよー!んで、それがとっても美味しいって評判でねー!」
うきうき、と効果音でも付きそうなくらいのいい笑顔である。どうやら、この列すべての人がそのスイーツを楽しみにしているようで。三毛門の更に先には、白寮の副寮長である浅霧の姿も見えた。彼もキャンディが好きでいつも食べているくらいだし甘党なのかもしれない、と思ったが、彼は少し視線が下向きだった。
「これから、スイーツ倶楽部考案、今月のスイーツの販売を開始しまーす! 皆さん、列を乱さずにゆっくりと前方に進んでください!」
拡声器で話しているのは白華だった。こんなところまで彼が働いているなんて、と望月は目を見開いていたが列が徐々に動き始めていったので、望月はスイーツにはあまり興味も惹かれず針宮の昼食のために別のカウンターへと進んでいった。
新兎はすごく楽しみにしていた。東雲ネットワークで更新されているスイーツ倶楽部の会報は基本フォロワー限定に公開されていて、今月のスイーツに関しては何度も何度もメンバーで試作を繰り返して納得いくケーキになったという記事が、発表と共に掲載されていて……個数に限りがあるのは十分わかっているが、この位置なら狙えるはず、と拳を握りしめて、列が進んでいくのが楽しみで仕方がない。
ついに、ついに自分の番が――――と思ったところで、少し前の三毛門が最後の一個を掴んだのが見えた。
「残念、これで最後だって」
新兎にいつもどおりの笑顔で微笑みかけた三毛門。
「そ、そんなーーーーー!!!」
食堂に新兎の叫び声が響き、白華が拡声器で「本日の限定スイーツの販売は終了しました。皆さん、速やかに列を開けて他の利用生徒に迷惑がかからないようにしてください」というアナウンスが若干かき消されていた。
「ううっ、取れなかったよ……」
悔しいよ、ゆまぴ……と涙を流しながら、食事を用意して望月や針宮が食事をしているテーブルへと戻ってきた。獅子丸とは喧嘩をしつつ、なんだかんだと毎日こうやって食事をとっているので本当は喧嘩するほど仲がいいやつなのだろう、と望月や針宮は考えている。
そんな新兎の肩をぽん、と叩いたのは鷹城ことりである。ふわふわとした白い髪をツインテールにしており、どこか悟りを開いたような笑顔を浮かべている。その彼女の皿の上には限定スイーツが乗っている。――――勝ち誇る、勝者の笑みを浮かべているのだと、その場にいた全員が気付いた。
「ニート……この世は弱肉強食だから……」
「俺も強者になりたい!!」
「あ? 兎には無理だろ」
「は?」
空気が冷たく凍る。これはまた、この二人の喧嘩が始まるのだろう、と思ったところで案の定二人の啀み合いが始まる。それを止めるべきか、と望月は腰を浮かせかけるが、ことりがその腕を取って大丈夫だよ、と笑っていた。間違いなく、今回あの二人の喧嘩の原因になった気がしたが、望月は敢えてそこまでは考えずに、椅子に腰を据えた。きっと、すぐに止まることだろう。
「あーらら。今月も限定スイーツは人気だねぇ」
巳影は二人分の食事を持っていた。――――勿論、彼が一人で二人前食べるわけではなく。片方の東雲特製ラーメン定食は此処にいない寮長虎澤の大好物だが、今回は食べる人物が違う。少し視線の先を歩く、橙色に見えないこともない薄い茶髪の大神紅葉のものである。すでに彼女の両手は三人前程度の食事が持たれており、両手がいっぱいだから手伝って、と言われたのだ。
「んで、俺に並ばせた甲斐はあった?」
「勿論」
深く頷く紅葉のお盆の上には、特製スイーツが二つきれいに並べられている。今回はレアチーズケーキなのだが、食材の吟味から始まっているというこだわりの品だ。ソースにはラズベリーが使われており、たっぷりと並べられたいちごといちごのソースの赤さと混じって見ていてもキレイだと思わせた。花のようにカットされているいちごも見栄えが良く、スイーツを購入できた女子たちが写真を撮っているのがあちこちで見えた。
「おチビちゃん、開発者なのにずるいね〜。喧嘩止めるために、一個くらい分けてあげたら?」
「いや」
絶対にいや。
真顔で、二度繰り返して首を横に振る紅葉に巳影は何も言わずに、席を勧めた。その後からやってきた、慎が思い切り喧嘩をしている新兎と獅子丸を睨みつけている。あれは完全にご機嫌斜めだな、と思いつつも先に伸びる可能性の高いラーメンから片付けよう、と紅葉は箸を手にしてずるずるとラーメンを啜り始めた。
「甘味ひとつで駄々をこねるなんて子どもですか?黒寮生としての自覚が足りないようですね。――――再教育が必要でしょうか」
「あは〜、ちづちゃん、辛辣」
巳影も昼食に手をつけ始めた。向こう側では、段々とヒートアップしてきたようで、柴咲や白華も止めに入っていたし、後から食堂へやってきたらしい鷹城ひな子――――名字から察する通り、ことりの姉である――――も「コックさんにまた作っていただけるように頼みますね」と新兎に話しかけていた。流石にそう言われては喧嘩をする理由もなくしたのか、新兎はそこで喧嘩を止めて、昼食を取るために椅子に腰掛けていた。
「おチビちゃんはいつでも流されないね?」
「んむ?」
ラーメンの器を持って、汁も全て飲み干した紅葉が口の中をもぐもぐと動かしたまま首を傾げた。両頬は食べ物でいっぱいなのだろうたっぷりと膨らんでいて、まるでその姿がリスかハムスターか、小動物に見えて、巳影はつい笑った。
「ひなちゃーん、こっち。空いてるよ〜」
「はぁ!?」
巳影の隣で千鶴が声を上げた。紅葉も手を上げて、柴咲や白華たちと座る場所を探していたひな子を呼び寄せる。三人も腰掛けると、特進科の二年は殆ど集まることになって、注目を集めるのだが本人たちはどこ吹く風である。
「……大神、それ食べるんですか」
「ん」
「もう、ラーメンとチャーハン食べちゃったから、次はチキンカツだね」
「んん。ドリア先に食べる」
いや、順番はどうでもいい。という千鶴の突っ込みが聞こえてきた気がしたが、いまさら幼馴染の囀りなど気にするものか、と紅葉はドリアの器を引き寄せた。
放課後。
それぞれが、部活やら生徒会やら、委員会やらとホームルームが終わってマイペースに消えていくはずだが、今日は殆どが教室に残っている。
「ここ、おすすめ」
その中心では三毛門がスマホに映っているお店を指差す。最近できたばかりのカフェでケーキが有名なのだという。それを覗き込んでいたひな子と紅葉が目を輝かせている。――――これが、東雲学園スイーツ倶楽部の活動である。
「桃のタルト、すごく美味しかった」
「桃っ」
「おチビちゃん、好きだね〜」
紅葉の上に顎を乗せて体重をかけてきた巳影に重たい!といいつつ、紅葉は大した抵抗はしないので此れもいつものことだ。そのまま、紅葉を持ち上げて椅子には自分が腰掛けると、その膝の上に紅葉を上げてしまう。後ろから抱きすくめたまま、自分は株価をチェックするためにスマホをいじり始めた。
「あ、紅葉ちゃん、ここパフェも有名みたいですよ」
「パフェ……」
キラキラと目を輝かせる紅葉は外見の印象とも相まって幼い子供のように見えて微笑ましい。ひな子はふふ、と微笑みながら、じゃあ、次はここにしますか?という。次、というのはスイーツ倶楽部の会報に載せるスイーツ特集のための取材箇所だ。一週間に一度、もしくは二週間に一度程度のペースで、東雲学園から遠くないところのカフェやスイーツショップへ直接赴いて、食べてくる活動をしているのだ。実は、これ、実際に生徒会長から(面白半分に)認可された正式な部活動である。実際に予算も下りているのを、生徒会の会計である巳影は知っている。
「パフェ食べたい……ここ、夏のデザート特集やってるみたいだし、行きたい……」
「じゃあ、一軒目はここにしましょうか」
――――一軒目。
巳影は敢えて聞かないふりをする。まあ、休日に出かけるのだから、時間はたっぷりとある一軒に限る必要はまさしくない。
「あ、ここ、この間スイーティーたちが美味しいって行ってたよ」
柳が巳影の後ろから雑誌を差し出してくる。紅葉が半分程度体をねじって、その雑誌を受け取る。ふわふわとしたパンケーキのお店のようで、チョコやフルーツがたっぷりと飾り付けられているそれを三人が見ている。
「ここ、前に行きたいって言ってて、行けなかったところだね」
「そうですね。せっかくですし、今回はこの二軒にしましょうか」
「ここは予約取っておけば……」
あっという間に話が着くのだから、大したものだ。
「じゃあ、俺が予約とっておこうか?」
「柳が?」
紅葉が訝しげな顔をした。三毛門も少しだけ胡乱な瞳を向けている。
「女子たちで行くのもいいだろうけど、三人だけだと危ない人に絡まれちゃうよ?」
「いや、柳がついてくるほうが大変なことになりそうだし、そもそも、私がいたら、この二人は危険な目になんて遭わない」
「遭わせないが正解ね、おチビちゃん」
大神紅葉はその筋の人間ならば知らない人間はいない。要人警護を主とする最強のSPだ。国家規模の仕事を賜ることがある彼女がついていて、万が一ということもないだろう。柳は単純にこの三人とでかけたいだけだろう。いや、厳密に言えば、ひな子に限定されている気がする、と巳影は思った。人のことを指して「悪食」と言ったのだから、恐らくは紅葉には余り興味が無いのだろう。
「どうせ、巳影来るんでしょ?」
「ついていっていいの?ミケちゃん、嫌じゃない?」
「嫌って言ってもくるんでしょ」
思い切り顔をしかめられて、巳影は肩をすくめる。
「どうせ、真ちゃんと白華ちゃんだって、誘ったら来るでしょ?」
「……すでに大所帯じゃない?」
護衛がめんどくさそう、と言わんばかりの顔をする紅葉の口にピーチミルクティーの飴を入れてあげると少しだけ機嫌がよろしくなった。ころころ、と飴を食べている紅葉が無言になった頃、どん、と衝撃があって巳影の膝の上から紅葉の姿が消えた。代わりに現れたのは――――牛若である。
「おれもいっしょにいく〜」
「湊ちゃん、ごめん、うちのおチビちゃん死にかけてるから、どけてあげて」
「きゃ、紅葉ちゃんっ!!!」
「……きゅう」
完全に目を回している紅葉を何とか、起こしあげるともも、たべ、る、と耐え耐えにいうので、巳影は笑った。ひな子が、大丈夫ですか、紅葉ちゃん、と何度も呼んでいるが、完全に目を回しているので起きるのはもう少し後だよ、という。すると、何かあったの?とちょうどよく、柴咲が入ってきたので、念の為見てもらうことにした。