東雲学園スイーツ倶楽部活動日誌! Vol.2
休日の朝でも、紅葉の一日の始まりは変わらない。四時に目覚ましが鳴るよりも早く目を開けた。目覚ましを止めて、体をうんと伸びさせる。隣のベッドは空っぽで、同室のアスナは先日からパリで行われるコレクションに出席していて日本へ戻るのは二週間後の予定だった。少しぼうとする頭を近くにおいてあった水で流し込んで、ベッドから飛び出すとウェアに取り替えて、ランニングへ出かける。
一時間のランニングを終えて、予め許可をとってある武道館へ向かい、道場の掃除から始まり、素振り、型の動きなどさらに、二時間。鍛錬を終えて、寮に戻ろうとしたところで、ランニングを始めたばかりであろう針宮に出会った。軽く挨拶を交わして、紅葉は寮へ戻る。朝食を済ませる前に、シャワーを浴びてしまおう。
部屋に戻ると、スマホがちかちかと光っている。数件のメールが入っていて、主に千鶴からだ。最終的には「スマホぐらいいつだって持ち歩いて? バカ?」と言われた。馬鹿じゃない、とか思いながらスマホをいじって返事を返す。現代の利器に弱いのだから、余り返信させないでください、と思うが千鶴には何度言っても無駄で、最近紫音たちから習ったスタンプなるものを一つ押す。結構楽でいい。「了解です」と返せば、直ぐに既読が着く。暇人かな。
朝食を済ませ、集合時間の十時に間に合うように着替えを取り出す。楽なVネックのシャツに、暗い色のジャケット、ショートパンツとタイツのいつもの組み合わせだ。ブーツは編み込みの膝丈ほどの長さのものだ。ジャケットの下には見えないようにガンベルトを装着し、武器を一式。護衛対象がいてもいなくても、持っているといろいろ便利なので持ち歩くようにしている。すると、ドアを叩くノックの音。
「はぁい」
「紅葉ちゃん、ちょっといいですか?」
ひな子だった。手には紙袋を持っている。キラキラと目を輝かせいて、何事だろうと思いつつ、彼女を見上げていると――――にっこりとひな子が笑う。
「これ、着ませんか!?」
「……へぁ?」
十時の駅前――――。
寮で集合にしても良かったのではないか、と慎は時間よりも五分前に到着し、その次にやってきた白華、柴咲に軽く会釈し、次にやってきた志部谷と、志部谷に引きずられてきた牛若に挨拶をする。志部谷が此処に来ることになったのは、先日の話し合いで、花房が「幽も来たらいいじゃない」と発言したからだ。結局、二年全員で行動することになるのが慎には腹立たしいがぐと、こらえる。此処をこらえれば、ひな子がくるのだから。
更に遅れて、三毛門、花房と時間にルーズな人たちがやってきて、最後に浅霧だ。
「あれ? まだ、おチビちゃんたち来てないんだ?」
珍しい、と浅霧が言うのに合わせて、白華も顎に手を当てて考えてみる。
「そうですね……ふたりとも時間に遅れるタイプじゃないですね。特に大神は時間にきっちりとしている方なのに」
「紅葉は曲がりなりにも竜ヶ崎家のシークレットサービスの所属ですよ? それが遅刻だなんて――――」
今、メッセージを入れます、と言ったときに、すみません、というひな子の声が聞こえて、誰かの手を引いて走ってくるのが見えた。彼女は可愛らしいワンピースを来ていて、薄めのオレンジ色のカーディガンが暖かい彼女の雰囲気によく似合っている。いかにも少女らしく、柔らかな印象の服装は彼女らしいし、見慣れたものだった。手を振ってくる彼女に、花房が「大丈夫だよ」と笑いながら答えている。
その後ろ。少し顔をうつむかせ気味に一緒に走ってくるのは、どう見ても紅葉だった。背丈的にも、髪の色的にも間違いないが――――服装のイメージががらりと違う。
「遅れてすみません……なかなか、紅葉ちゃんと話がつかなくって」
「…………」
紅葉は誰とも目を合わせようとしない。何処か、所在なさげに指で髪をくるくるとねじってはするりと離してを繰り返していた。薄らと頬も赤い紅葉が着ていたのはシフォンワンピースだ。帽子をかぶって、ワンショルダーのボディバッグを背負っているのでそこまで甘い印象は無いが、オフホワイトの柔らかな色合いに袖や裾に広がる柔らかなフリルは普段紅葉が着ているボーイッシュな服装はまるで異なる。だが、普段から紅葉が愛用している重たい印象を与えるブーツが紅葉らしさもあっていい。
「へぇ、かわいいじゃない」
一番に褒めたのはやはりというか、浅霧だった。茶化しているような雰囲気ではなく、心底そう思った、という声音だった。紅葉は一瞬、目を見開いて、照れ隠しにめいいっぱい顔を隠して、小さな声で有難う、という。
「似合ってる。今度、服、見に行こう」
「え、いや、あの、これは……えっと」
「かわいいですよね! 似合うと思って、前から準備してて!」
「……うっ」
いつもはたいてい強気に出ることの多い紅葉がドギマギとして、言葉に詰まっている。視線を何度も反らしては戻し、皆の様子をうかがう。浅霧は褒めてくれたが、どうも他のメンバーが驚いた顔をして此方を見ているのが落ち着かないのだろう、そわそわとした様子で浅霧の後ろへパタパタと走って隠れてしまった。
「あらら、おチビちゃん?」
「……う〜」
「恥ずかしい、ってさ」
浅霧が肩をすくめながら、自分にぎゅうぎゅうと抱きついてくる紅葉の状態を皆に伝える。
「大丈夫だよ、紅葉さん、とっても可愛らしいよ!」
「ええ。いつもボーイッシュな印象でしたから、とても良く似合ってます」
「うん〜くれは、すっごいかわいい〜」
皆が口々に褒めてくれるので、紅葉はおずおずと浅霧の影から顔を出す。まだ、てれは抜けきっていないという顔だが、とりあえずは影からは出てくる気になったらしい。全員の視線が集まるのが、どうにも居心地が悪いらしい、紅葉は数度頭を振って、向かう方向を指差す。
「ほら、予約の時間に遅れるから!」
一人でスタスタと歩き出す紅葉に全員がそれぞれ顔を見合わせた後に、苦笑したり、笑ったり、として、それぞれが紅葉の後に続くようにして歩き出す。三毛門とひな子が少し早めに歩いて、紅葉の隣について、話を広げていた。それを背後から眺めながら、浅霧と慎が言葉をかわしていた。
「よかったね、巳影」
「何が?」
巳影は敢えてわからないふりをして、肩をすくめた。何時ものようにキャンディを取り出して、口の中に放り込む。ソーダ味のそれはなかなか爽快感があっていいものだ。巳影の返答に千鶴は笑ってみせる。
「紅葉があんなに可愛らしくなるなんて、嬉しかったんじゃない?」
「あれぇ? ちづちゃん、知らないの? おチビちゃんはいつでも可愛いよ」
「…………バカ?」
心の底から理解できないという顔をされた。まあ、幼馴染の慎には別の紅葉が見えているのだろうから、浅霧は敢えてそれ以上のことは言わないが。
「ちづちゃんもよかったね?」
「はぁ?」
「今日はひなちゃん、いつにも増してかわいいね?」
「……ちょっと黙ってくれる?」
「はは、顔怖いよ」
言葉の鞘当てはこんなもので十分だろう。後ろでそれを聞いていた、柴咲と白華が顔を見合わせて、苦笑して、そして、紅葉がくるりと振り返った。
「あれ? 柳と湊は?」
全員が、ぴたりと止める。そして、後ろを振り返って、ついてきているであろう花房と牛若を探して――――いなかった。短時間で消えたのか、と全員が考えることもなく、更に後方に視線を送ってみれば、案の定ともいうべきなのか、女子の集団ができていた。きゃー、と黄色い声が聞こえ、年齢も様々な女性たちに囲まれている花房と牛若はもう姿すら見えない。牛若の方が若干背が高いので、頭を軽く認識できる程度だ。
「あ〜らら。いつものようになっちゃってんのね」
「……はぁ」
白華が頭を抱える。この光景も学園で何度も見ているせいで、どうにも頭が痛くなる。禁欲、などと彼に言ったところで無駄なのは目に見えているが、こうして全員とでかけているときくらいはどうにかならないものか、と考えてしまう。紅葉が呆れたようにため息を付く。
「あいつら、もう置いていっていいんじゃない?」
心の底から紅葉の口からでた言葉に、三毛門と慎から同意の言葉が飛び出た。