東雲学園スイーツ倶楽部活動日誌! Vol.3


「……お前ら、ホント嫌い」
 紅葉の恨みのこもった声が下から聞こえてきたのに対して、それぞれ手を握られている花房と牛若はいい笑顔を浮かべている。人混みをかき分けて救出してくるのは得意分野でしょ、と千鶴に無理やりあの黄色い声に充満する人混みの中に押し込まれて五分で回収して戻ってきたのだから褒めてほしい、と紅葉がそこで二人の手を離した。
「大丈夫ですか、紅葉ちゃん」
「……ごめん、折角髪、整えてもらったのに」
 紅葉が巳影にあずけてあった帽子を受け取って少しだけ肩を落とした。その姿がまるで主人に叱られている子犬のようでひな子は口元を抑えた。(犬の耳のようなものがみえます……!)
「大丈夫ですよ! すぐ直せますから」
 ひな子が紅葉の髪にするりと手を伸ばして手際よく整えてくれる。少しばらついてしまった髪がみるみるもとに戻っていくので紅葉は目を見開いた。そして、完全に直してもらうとひな子がもう大丈夫ですよ、と笑ってくれる。
「ありがとう、ひな子」
 紅葉が嬉しそうに笑う。
 ――――パシャ。
「……何してるの、巳影」
「え? おチビちゃんの貴重の笑顔だから」
 ずっと携帯をいじってることの多い巳影なので、今携帯を見ていても誰も気にしない。画面には笑っている紅葉がいっぱいに映っていて、千鶴は顔をしかめた。その表情を見た巳影が面白がって、携帯をタップする。次の出てきた写真で千鶴の表情が固まった。
「いる?」
「…………………………………………いる」
 長い、長い沈黙の後、絞り出すような千鶴の声に巳影は笑った。――――素直で宜しい。と言えば、ものすごい剣幕で睨まれた。



「そういえば、時雨、甘い物苦手なのに大丈夫ですか?」
 お店のドアを紳士的に開けた時雨に向かってひな子が思い出したようにいう。時雨は苦笑して、そうですね、といいながらひな子がドアをくぐった後、真也も通して話を続ける。
「苦手ですが、……皆で外出する、というのも楽しそうだったので」
「そうだね! こうやって、二年生皆で外出なんてめったにないし!」
 真也が楽しそうにニコニコと笑っている。黒も白も関係なくとなれば確かに珍しいかもな、と紅葉は予約を店員に伝える。やっぱり、花房と牛若が店内に入ってくると、一気に店内にいた女性たちの声が黄色いものに変わって、店員たちですらそちらに視線が向いて紅葉の話は耳に入っていないだろう。紅葉は巳影の服の裾を引っ張る。
「あ、予約入れてた大神なんですけど、」
「え、あ、は、はい! 大神様ですね、九名様で宜しいですか?」
「お願いします」
 巳影がにっこりと笑うと、それはそれで店員が顔を赤くするので紅葉は若干面白くなさげに紫音の隣へ移動した。
「ああ、ついに嫌気が」
「……別にそういうのじゃないけど」
 紫音の腕に自分の腕を回す。帽子を外して、手で弄んでいると紫音が頭を撫でてくれた。ああいうのはほっとくのがいい、というのでたしかにと思いながら、気後れしている幽の手を紅葉が掴んだ。席にはあっという間に案内されたので、それぞれが適当に座る。自然と紅葉とひな子と紫音が近い席になるのは仕方がないだろう。
(……それにしても)
 紅葉はメニューを見ながら自分の前をちゃっかりと陣取っている巳影を見た。
「なぁに?」
「……別に」
 紅葉はメニューで顔を隠す。ちらり、と自分たちの席の外へ視線を向けてみれば大量の視線が突き刺さってくる。主に、花房や牛若に向けられたものであるが、まあ、顔立ちがいい男たちが揃っているし、紫音やひな子も相当美人だ。どういう組み合わせなのだろうと思われてもおかしくない。幽だってしゃんとすればいい顔なのにな、と紅葉は思いながら完全に気後れして端の席に腰掛けて縮こまっている幽を慰めたくなった。
「……視線が痛い」
「ああ、いうと思った。SPとしては気になっちゃう?」
 職業病だね、と巳影は紅葉の前に氷の入ったレモン水を置いた。
「紅葉ちゃん、決まりました?」
「え、あ、うん。チョコとバナナの奴にする〜」
「あ、おいしそう〜。私、いちごのにするので、ちょこっと交換しましょうね!」
「うん!」
「私のも、して」
「する」
「しますよ〜!」
 女子組で盛り上がっているのを眺めながら、巳影はメニューを閉じた。時雨は甘いものが苦手なので、お食事系のパンケーキを選んだらしい。テキパキと時雨が店員にメニューをまとめて告げてくれたおかげで注文が混乱すること無く終わったのは良かっただろう。
「む、葉夜からメール」
「あらら。お兄ちゃん何だって?」
 葉夜は紅葉の双子の兄だ。本当はついてきたいと騒いでいたのだが、どうしても外せない撮影があって泣きながら昨日、カナダへとでかけていった。見送りへ行ったらさんざん泣きつかれた、と紅葉が疲れた顔をして巳影に話していたのだ。
「『いいなぁ〜、皆で美味しいの食べてるんでしょ、俺のことなんて放っておいてさ! 皆へのお土産はメイプルシロップにしてやるからな!!』……だって」
「それはパンケーキ焼いてほしいってことじゃない?」
 紅葉は巳影の言葉にうん、と頷いた。多分、ふかふかの分厚いやつ。だろうね。
「葉夜くん、お仕事なんて残念でしたね」
「まあ、元々カナダに写真とりに行きたい〜って言ってた希望叶って嬉しかったみたいだけどね」
 紅葉はぽちぽちと携帯と格闘しながら返信を打つ。
『メイプルシロップで、パンケーキパーティーしようね』
 送信、と。
「カナダか〜いいなぁ。葉夜くん、またいっぱい写真見せてくれるね!」
 真也が楽しそうに笑っているので、紅葉も少しだけ口元を緩めてこくこくと頷く。
「ひな子にもお土産買ってくるねって」
「わぁ、私までいいんですか?」
「買ってくるっていうから、貰っておくといいよ。センスだけは悪くないし」

 そんな話をしていると、いい匂いがしてきてパンケーキが運ばれる。流石に九人分ともなると大した量だ。それぞれ注文したものを受け取る。
「ふぁ……」
 バナナとチョコのパンケーキを目の前にして紅葉がきらきらと目を輝かせている。ナイフとフォークを両手に持って目を輝かせているのを一枚写真に収める。隣では同じようにひな子も目を輝かせていて、すごいね、と紅葉と二人で楽しげだった。
 紅葉はバナナを一口に切り分け、パンケーキも同じように一口に。フォークの上に器用にそれらを乗せて、上からチョコソースと生クリームとアイスを乗せる。いっただきまーす、と顔をほころばせながらぱくりと一口で。相変わらずひとくちが大きいねぇ、と目の前で笑ってる巳影はこの際無視だ。ふわふわのパンケーキとチョコと生クリームが溶け合ってとても美味しい。冷たいアイスもアクセントになって、紅葉は顔をとろけさせた。
「おいひい……」
「おいしいですね……」
 紅葉とひな子は別に示し合わせたわけじゃないのだろうが、いそいそと互いに一口ずつ交換する。フォークに乗せて紅葉がそれを差し出す。「あーん」というと、ひな子が口を開けてくれたので、そのまま食べてもらう。ん〜と嬉しそうな顔をしてくれたので、紅葉は少し満足げだ。ひな子も同じようにパンケーキを切り分けて、あーんと先ほど紅葉がしたようにフォークを差し出してくれたので、紅葉もぱくりと口にする。いちごの甘酸っぱさと生クリームの程よい甘さがとてもいい。
「こっちも美味しい」
 紫音がそう言って手早く二人分切り分けてくれるので、そちらももらう。ふたりともおいしい、と笑顔なので紫音も柔らかく微笑んでいた。
「美味しい……」
「おチビちゃん、さっきからそればっか」
 良かったね、と言いつつ、巳影が紅葉にフォークを差し出してくる。フォークには巳影の抹茶味のパンケーキがアイスと果物が乗っていて、紅葉はためらわずぱくりと食べた。抹茶は抹茶でとても美味しい。味わいながら、うんうん、と頷いている。
「巳影、餌付けしてるみたいだね」
 花房がそう言って笑うので、巳影が笑顔で「餌付けだからね」と返す。とんでもなく失礼なこといわれているような気がするが、紅葉は気にせずパンケーキを堪能することにした。
「千鶴くん、美味しいですね」
「ええ。雑誌に載るだけはありますね」
 ちらり、と巳影と視線が合った。何か底意地の悪そうな顔をしていたので、巳影のつま先にブーツを当てた。
(何もしないって)
(そういって何時も煽るじゃん)
 視線だけで、取り交わされたことだったので誰にも気づかれなかった。くれは〜と牛若が呼ぶ声が聞こえて、紅葉は牛若ともパンケーキを一口ずつ交換した。幽も最初は戸惑っていた様子だったが、なんだかんだとちゃんと食べているようなので安心する。


 食べ盛りの高校生たちなので思ったより食べるのはあっという間だった。紅葉がアイスティーを飲みきった頃には、大体の皿が空っぽだった。巳影と時雨が伝票を持って、何か話している。伝票はとりあえず、みっつに分けられているようだった。
「俺、おチビちゃんとひなちゃんの分払うからちょーだい」
「え?」
 巳影の言葉にひな子が目を見開いた。
「そんな、悪いですよ、巳影くん」
「いーの。俺からの感謝の気持ち」
 巳影がそう言って笑いながら、時雨の手から伝票を受け取った。千鶴が何とも言えない表情で巳影を見上げていたのが、紅葉の目に入った。
「感謝って……」
「うちのおチビちゃん、可愛くしてくれたから」
「巳影、自分の分は自分で払う!」
 紅葉が伝票に手を伸ばそうとするが、そもそもリーチが違うので届かない。紅葉は悔しそうにしながらも巳影に自分で払う〜と主張を続けていた。
「彼女の分を払うのは、男の甲斐性なんだから、ダァメ」
「待って、私、巳影の彼女違う」
 良い子にしてね、と言いながら主張する紅葉を完全に無視して再び座らせた巳影は他のメンツの会計をある程度まとめたらしい時雨とレジへ向かうため歩き出そうとして、がっしりと千鶴に服を掴まれた。理由は何となく想像がついて、巳影はにや、と笑った。
(あ、あの顔は絶対煽る)
「なぁに、ちづちゃん?」
 紅葉はそっとひな子の耳をふさいだ。なんというか、完全におちょくられるであろう幼馴染の会話を、幼馴染の想い人には聞かせてはならない使命感に駆られた。ちょっと、こう、可愛らしいところもある男なのだが、ちょっと想い人に聞かせるには恥ずかしいだろうなぁ、という紅葉なりの配慮だった。
「ひな子さんの分は私が払う」
「なんで?」
(わかってて、聞くの、巳影)
 ――――底意地悪いよ、とその場の全員が思ったかもしれないが巳影はいい笑顔だ。紅葉は紫音と目を合わせた後、頷いてひな子の気をそらすために、次の店のホームページを出した。
「……」
「俺はおチビちゃんを可愛くしてもらったお礼だけど、ちづちゃんの理由は?」
(もうやめたげて、巳影)
 千鶴の顔が心底悔しそうな、赤い顔になっていく。流石に幼馴染が可愛そうになってきて、止めようかと思ったが、本当に絞り出すような声で、「意中の女性の、支払いを他の男にさせるわけにいかないでしょ……」と千鶴がいうので、とっさに持っていた携帯を強く握ってみしり、と言わせてしまった。
「紅葉ちゃん!?」
「な、なんでもない!!」
 ひな子が驚いてしまったので、紅葉も慌てて取り繕う。
「ふぅん……じゃ、ちづちゃん、ひなちゃんの分、お願い〜」
「…………」
 巳影がニヤニヤと笑いながら楽しそうだ。千鶴は本当に悔しそうな、てれも混じっているのだろう赤い顔をしていた。何ていうか、今のは、紅葉もきゅん、と来た。あの、心底そこ意地の悪い幼馴染があんなこと言うなんて、とちょっとだけ感動してしまった。
(からかい甲斐があるとか、思ってごめん、千鶴……!!)

「っていうか、私の分は払ってくれないんだ?」
「ミケちゃんが払わせてくれるなら、喜んで」
「絶対に嫌」
「だよね〜」
 という会話を紫音と交わした後に、巳影はひらひらと手を振ってレジに向かっていった。

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